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チベットの旗

旅行記:チベット(世界自然旅)

36.試練の始まり (2004/10/13-14:晴時々曇

 ニェンチェンタンラの展望

 昨日で一通りナムツォを満喫したので、フランス人のおば様方が朝の散歩を終えたら、速やかに出立する。今朝も良い天気で、主峰・ニェンチェンタンラ(念青唐古拉峰:7162m)も良く見えている。せっかくの機会なので、ここはリクエストして湖畔近くを走ってもらい、しばらく湖と雪山の絶景を堪能させてもらった。

Highest peak of Nyanchen Tanghla
ニェンチェンタンラの主峰を望む

Nyanchen Tanghla with Yak
ヤクとニェンチェンタンラ

 やがて湖を離れて帰途につき、ランチェン・ラを越えて青藏公路へと下っていく。ダムシュンからは再び快適な舗装路となり、右手に麗しのニェンチェンタンラ山脈を見ながら進む。相変わらず素晴らしい山並みで、雪をかぶった姿が実に美しい。ところが、ヤンパチェンまで来たところで突如右折し、汚れた集落を抜けていった。何となく嫌な予感…

View of Nyanchen Tanghla
ニェンチェンタンラ山脈を眺めながらのドライブ

 すると、車は温泉の前で停車し、ここで休憩となった。確かに、ここはナムツォ観光の寄り道スポットとして有名だが、事前に聞いてなかったので水着を持っていないし、既に大勢の中国人観光客に占拠されているので、入る気にもならない。フランス人も同様のようなので、仕方なく早めの昼食を食べて、この場を去った。

 そして、ここからはラサに向かって延々と走り、途中の検問も難なく突破して、3時前には無事ラサに到着。わずかに1泊のツアーではあるが、特段問題なく終えることができ、しかもナムツォの美しい姿を目の当たりにできて、まずは一安心であった。

 日本人だらけ

 YHAに戻ると、再び同じ部屋に通されたが、そこは打って変わって混雑していて、2段ベッドの下は全て埋まっていた。この前までは下段すらガラガラだったというのに…と、ここで寝ていた人を起こしてしまった。高山病でしんどいようだが、何となく日本人のように見える。受付でも同室に日本人がいると聞いていたので、もしや、と思って日本語で話しかけてみると、やはり読み通りであった。

 実を言うと、少し前に南米・イグアスの滝で会った女性(奥野さん)から連絡があり、近々ラサに行く予定だと聞いていたので、この宿を推薦しておいたのだ。事前の情報では今日来ているはずだったので、心の準備はできていたのだが、話を聞くと、成都の宿で一緒だった旅行者にも勧めていたらしく、既に3人が同じ部屋になっているらしい。まさか、そこまで話が広がっているとは…

 すると、しばらくして奥野さんが現れ、10ヵ月ぶりの再会となった。わずかに1日会っただけだというのに、こうしてまた会ったりするのだから不思議なものである。結局、女性が3人ということで、何か気恥ずかしいが、皆一様に高山病の症状が出ているようで、あまり元気そうではない。やはり成都から飛んでくると危険なようだ。

 そして翌日になると、某ホテルのトイレの汚さに耐えかねて、大学生の男2人組が同室に移動。さらに女性2人組もやって来て、たちまち日本人8名の大所帯になってしまった。日本人宿でもないのに、これほど日本人だらけになるとは驚きであった。

 同行者を募る

 さて、ナムツォ観光を終えたところで、いよいよ目指すは西チベットだ。が、相変わらず掲示は皆無に等しく、唯一の募集にコンタクトを取っても、そのカナダ人はチベットで働いている関係で、10月末にならないと動けないらしい。これではあまりに時間がかかり過ぎるので、とりあえずは断念。残された手段は非合法での旅か、自分で募集するかだが、前者はヒッチハイク以外難しいので、自分で同行者を募ることにした。

 そこで、ナムツォから帰還後すぐ、西チベット経由でネパールに抜けるツアーを企画し、主だった安宿に掲示していく。主要な見所は巡りたいので、カイラス山はもちろん、チョモランマ(珠穆朗瑪峰:8848m)のベースキャンプ、グゲ(古格)遺跡、マナサロワール湖、ヤムドク湖など、全て周って20日ほどの長旅となった。しかも標高4000~5600mの高地を駆け抜ける、かなり過酷な旅路だ。果たして応募する人は現れるのだろうか…

 すると、掲示を始めた夜、さっそく1組のカップルがコンタクトを取ってきた。彼らはオランダ人で、西チベットに是非とも行きたいので、明日詳細な話し合いをしたいとのこと。こちらとしても、まだ料金の見積もりやルートなど十分ではなかったので、それらを確認した後に会うことで合意した。

 こうして翌日、ネパール大使館に出向いてビザを申請した後(翌日が休館日のため、即日で取得)、旅行会社に見積もりを依頼すると、あいにくグゲ遺跡は雪のため閉鎖されているとの話であった。ならば仕方ないので、それをカットしたところ、ツアー代は18,000元との返事。その旨をオランダ人の男に伝えると、ひとまず納得したようで、明日の夜、改めて回答するとの言質を得た。

 なんだか幸先の良いスタートになったが、これが試練の始まりになろうとは、この時は思いもしなかった。

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