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旅行記:南部アフリカ(世界自然旅)

47.遠浅のグラデーション (2005/4/11-12:晴時々曇

 帰路で寄り道

 3日目もまた晴天になったが、今日は他の客の都合で、ヴィランクールに帰るのみである。まぁ、昨日かなり堪能したし、事前に聞いていたことなので、ここは素直に帰途についた。

 船はゆっくりと進み始め、途中からはエンジンを切って、風だけで進むようになった。これがダウ船本来の姿だが、音が静かで気持ちよい。周囲にはもちろん、遠浅の美しい海が広がっており、何とも言えない贅沢である。

  すると、船はまもなく小さな砂丘に迫っていった。今は潮が引いているので見えるが、普段なら海の下だろう。しかし驚いたのは、ここから見る海のグラデーションだ。海が落ち込むとともに、綺麗に濃淡が現れている。もう何度も魅せられている景色だが、この遠浅の眺めはやはり格別である。

Bazaruto gradation
グラデーションが美しい

  ここで、まだしばらく時間があるので、砂丘に上がって散策してみる。ポント・ドゥンドと違って重く湿った砂なので、歩きやすいとは言えないが、周囲の眺めは素晴らしい限り。周囲には他に誰もおらず、実に静かな一時を送れて、最後の寄り道も大満足であった。

Bazaruto shore
見ていて飽きない美しさだ

 こうして昼前にヴィランクールに戻り、無事ツアーは終了したが、遠浅の海が作り出すグラデーション、色トリドリのサンゴと魚たちが遊ぶリーフなど、久々にマリン・ライフを満喫した。わざわざ遠回りして寄っただけの甲斐はあったというものだ。

 バスに乗れず…

 これで所期の目的は達したので、明日には再び北上してジンバブエを目指す所存だ。宿の人の話だと、わざわざバスを予約する必要はないとのことなので、明朝4時の便に合わせるため早めに就寝した。

 そして、朝の3時過ぎに起床したら、門番の人に付き添ってもらって街中に向かった。ところが、バスの前には既に十数人が待ち構えており、ベイラ(Beira)行のバスは予約がないと乗れないという。そんな、これを逃したら他にないのに…

  同様にして、数名の白人バックパッカーと地元の人が取り残されていたが、バスは無情にも発車してしまった。こんな夜中から、いったいどうしたら良いのだろう…

 すると、まもなくミニバンがやって来て、残りの客を乗せてやると言ってきた。少々高いが、他に手段がない(ヒッチハイクという手もあるが、これだといつになるかわからない)ので、余り者同士で団結。すぐさまバンは一杯になり、暗闇の中を走り出した。

  車は、分岐点でさらに客を拾って、そのまま北上していく。そして、2時間ほど走ったところで北上するミニバスに出合い、ここで我々を降ろしていった。まぁ、ミニバスがない区間を走ってくれたのだから、有難いと思おう。

  ミニバスに乗り換えたら、そこからまた疾走していく。車内はギュウギュウ詰めで苦しいが、マラウィ以降はずっとこんな感じなので、もうだいぶ慣れてきた。余計なことは考えず、ただ車窓をボーっと眺めてやり過ごしたのであった。

 一気に国境へ

 こうして、昼前にはインチョペ(Inchope)に到達。ここまで来ればもうシモイオは近いが、バスを乗り換えないといけないので、ここで下車してシモイオ行に乗り込む。ところが、ここで悪徳商人が現れ、荷物代と称して、外国人だけ倍の値段を取ろうとするではないか。これは納得し難いので、他の外国人とともにストライキ。結局、1割程度の荷物代を支払うことで交渉が成立し、シモイオに向かった。

 シモイオまでは1時間ほどなので、昼過ぎには到着することができた。この日はもともとシモイオに泊まるつもりだったが、これなら一気に国境を越えることができそうだ。しかも、同行していたカナダ人カップルもジンバブエに向かうという。そこでそのまま国境行のバスに乗り換え、さらに西に走っていった。

 進むにつれ、次第にジンバブエ国境の山並みが望めるようになってきたが、そのジンバブエは様々な問題を抱えている。アメリカのブッシュ政権からは「圧政の拠点」と指弾されているし、旅行者にとっては、極端なインフレと闇レートで知られている。半月あまり前の情報では、US$1=Z$12,500だったから、今はZ$15,000ぐらいだろう(正規のレートは、US$1=Z$6,500程度)。いかに闇両替するかが問題だ。

  すると、国境の手前、マニカ(Manica)で両替商が現れ、US$1=Z$8,000でどうか、と声をかけてきた。相場を知らないと踏んだのだろうが、全く話にならない…しかし、隣りにいたカナダ人は、別の両替商とZ$1,5000で妥結したそうなので、その辺りが妥当なのだろう。

  バスは国境の街、マチパンダ(Machipanda)まで走って終点となったが、ジンバブエに入ると両替は難しそうなので、ここで両替商と交渉する。が、完全に足元を見られているのか、なかなか値が上がらない…余っていたモザンビーク通貨を替えようとしたのも悪かったが、人が集まるにつれて値が下がり出したので、最初の言い値で替えさせて、被害を最小限に食い止める。そして、そこから歩いて国境を越えて、ジンバブエの入国審査に向かった。

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