検索 Google
五輪館
Back|Next
旅巧館旅行記アジア>ネパール・ヒマラヤ
ネパールの国旗

旅行記:ネパール・ヒマラヤ(世界自然旅)

52.いよいよヒマラヤ・トレッキング (2004/11/11:晴後曇

 アジアに来た!

 ランクル・ツアー終了から一夜明け、8日、4人揃ってネパールに向かう。何事もなく出国審査を通過すると、まもなくタクシーの客引きが現れたので交渉。かなりボロい車であったが、安い値段でカトマンズ(Kathmandu)まで行ってくれることになったので、無理やり荷物を詰め込んで(トランクに入りきらないので、ロープで縛る)、すし詰め状態で出発となった。

 つづら折の道を急下降し、国境が迫ると、急に賑やかになってきた。インドチックになった人々、ゴミゴミした喧騒、妙にカラフルなトラックなど、東南アジアやインドを連想させるような風景で、ようやくアジアに来た!という気分になってくる。そして、川を渡ると入国審査となるが、思いのほかあっさりと済んで、すぐにコダリ(Kodari)を後にした。

  ここからは、いくつかの検問を突破しつつ、ボーテ・コシ(Bhote Kosi)に沿って下っていく。気がつけば標高1000m以下となり、随分と温和で緑豊かになったものである。チベットと比べて、空が霞んでいるのにはガッカリだが、こんなに気候風土が違うとは驚き。まるで楽園に来たかのようだ。

  しかし、カナダ人はマオイスト(Maoist)を相当警戒していて、いつ殺されるかわからないから、ビザが取れ次第インドに向かうという。確かに、ネパールはこのところ政情不安定で、政府軍とマオイストの抗争が激しさを増している。その点は気になっていたので、私も外務省の渡航情報などで最新の状況を把握しているつもりだが、彼らは観光客に危害を加えていないはず…

  昼食にネパール名物・ダルバート(Dalbhat)をいただいたら、今度は緩やかに登り始める。背後のヒマラヤは既に雲の中だが、なおも走ると、ドゥリケル(Dhulikhel)を過ぎてまもなく、前方にカトマンズ盆地(Kathmandu Valley)が見えてきた。右手にバクタプル(Bhaktapur)が見えてくれば、市街まではもうすぐだ。

 旅程を速攻決め

  こうして、8時間かけてタメル(Thamel)まで送ってもらい、宿探しを始めると、さっそくラサで会った旅人と遭遇した。彼らは1週間ほど早くネパール入りしていたはずだが、インド・ビザの取得に時間がかかるため、まだこの街に滞在していたのだ。ハイ・シーズンということで、日本人をはじめ旅行者が非常に多く、渡航危険情報が出ているとは思えないほど賑やかである。

  と、ここで宿の客引きに捕まってしまった。同時に3名が引っ張り合うものだから、仕方なくそれぞれを見て回り、一番条件の良かったHotel My Crownに決定。1泊Rs200(約300円)だから、この時期にしてはまずまずだ。

  さて、ネパールに来た目的は、もちろんヒマラヤ・トレッキングである。「白き神々の座」に彩られているだけあって、この国には様々な魅力的なコースがあるが、なかでもアンナプルナ(Annapurna)、サガルマータ(Sagarmatha)、そしてランタン(Langtang)の3地域は、個人でも自由に(許可証なしに)歩けるエリアとして人気である。

 このうち、アンナプルナは比較的標高が低く、難度も高くないので、初っ端のトレッキングには最適だが、最近はマオイストとのいざこざが多く、治安も安定しているとは言い難い(たまに山賊も出て、死亡・行方不明になる者がいるらしい)。そこで、まずはホテルの人の紹介で旅行会社に出向き、話を聞いてみることにした。

  すると、このエリアはやはりガイドを付けた方が良いとのこと(まぁ、商売柄そう言うだろう)で、宿代・食費・交通費込で1日US$20でどうか、と言ってきた。とりあえずその場は保留したものの、いきなりリスクを背負うのは怖かったので、翌日改めて出向き、日程を15日間から11日に短縮したうえで、ガイドと会って問題なければ決めると通知した。

  その次の日(10日)、指定された時間に赴きガイドと面談すると、思ったより若く、まだ明らかに20代の青年であった。経験が心配だったのでいろいろ質問するが、既に何十回も歩いているとのことだし、英語も問題ないようなので妥結。翌朝の出発を確認し、これで最初の予定が固まった。

 そして、続いては別の旅行会社に出向き、次のサガルマータ行に合わせてルクラ(Lukla)までの航空券をゲット。チベットでの苦戦が嘘のように、とんとん拍子で旅程が決まっていった。やはり1人で動けるって素晴らしい!

 ポカラ行の顛末

 こうして翌11日、いよいよアンナプルナに向かう。ポカラ(Pokhara)行のツーリストバスに乗るため、6時半から宿の前で待つが、なかなか迎えがやって来ない…客引きの人たちも次第に心配してくれる(どうやらネパール人は親切なようだ)が、もうタクシーを使わないとダメか、と思ったところで店長がバイクで現れ、すぐさまカンティ・パト(Kanti Path)の乗り場に急行した。

 なんとか7時のバスに間に合い、ガイドとともに出発する。明日からティハール(Tihar)の祭りになるため、街頭ではマリーゴールドの花が売られ、飾りも施されていて華やかだ。ところが、喧騒の街中を抜け出し、郊外を走るようになってまもなく、バスが立ち往生してしまった。どうやら故障したらしい…仕方なく外に出て、成り行きを見守るが、これで1時間以上のロスになってしまった。

  その後、バスは順調に走っていくが、途中で何度か検問があり(ツーリストバスは外国人専用なのでほぼノーチェックだが、普通のバスはほぼ全員が荷物チェックを受けている)、意外に時間がかかってしまう。結局、ポカラに着いたのはおよそ10時間後のことであった。

 すると、荷物降ろしの最中、ガイドと客引きが何やら密談を交わし、突然「泊まる予定のホテルがなくなったので、別のところに移動する」と言い出した。訳もわからずタクシーに乗って市街に向かうが、しばらくすると、客引きとガイドが激しい口論を始めた。車を止めて、外で怒鳴りあうほど一触即発の状態になったが、結局客引きが退散。どうやらホテルがなくなったというのは嘘で、しかも法外なリベートを要求してきたらしい。

  ともあれ、予定通りHotel Khukuriにチェックインしたら、その夜はちょっと豪華にステーキを食らい(この先、あまり贅沢できないため)、明日からの出立に備えたのであった。

  そして翌朝、外を覗くと、なんと聖山・マチャプチャレ(Machhapuchhare:6997m)が朝陽に顔を覗かせているではないか。いよいよ、待ちに待ったヒマラヤ・トレッキングの始まりだ。

Macchapucchare from Pokhara
マチャプチャレの頂きが覗く

Page Top
Copyright © gorinkan.org All Rights Reserved.