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エジプトの国旗

旅行記:エジプト(世界自然旅)

12.改めてピラミッド (2005/2/12-13:曇時々雨後晴

 雨のカイロ

 車中であまり眠れぬ夜を過ごし、気がつけば明るみ始めていたが、外は霧が立ち込めていて天気が悪い…カイロはこの2日雨と聞いていたが、今日も芳しくないようだ。ギザに着いたら下車し、専用バスでホテルへ。後は自由時間だったが、この日は小雨がぱらつく展開だ。カイロでは、残り3日で改めてピラミッドを見てみようと思っていたが、これだけ天気が悪いとどうしようもない。仕方ないので遠出はやめにし、中心街に出かけたが、午後には豪雨となって道に水が溜まってしまい、大変であった(カイロでは滅多に雨が降らないので、排水溝がない)。

 その夜、他のメンバーは夕食がてらベリーダンス・ショーに出かけたが、私は予算の都合で遠慮させていただき、庶民的な食事で腹を満たした。その後、階上のバーで再会したのだが、お金の割に、ショーは大したことなかったらしい。なんだか全員トーンダウンしながらお別れ会を催し、このツアーは終了となった。

 翌12日、今日こそは出かけるぞ!と張り切って起きたが、相変わらず冴えない天気だ。しかし、残りのピラミッドを見るには1日半は必要なので、もう出かけるしかない。チェックアウトを済ませたら荷物を預け、地下鉄でギザ駅に向かった。

 今日は、ギザから南下してメイドゥーム(Meidum)に行くことにした。列車で最寄りのワスタ(El-Wasta)まで行き、後はなんとかなるだろうという寸法だったが、駅で待つなり警官が声をかけてきた。「どこへ行くんだ?」「何人だ?」「カイロに戻るのか?」。別に悪いことをしているわけではないので正直に答えると、無線で連絡を取り、少々迷惑そうな顔をしながら「わかった」と言ってきた。大丈夫だろうか…不安を抱えながら列車に乗った。

 警察の親切

 1時間でワスタに到着し、そこからメイドゥーム方面に歩いていくが、外国人は明らかに私だけなので、地元の人たちは興味津々で見ている。後ろをつけてくる子供たちもいて、なんだか変な気分だ。それを振り切るように早歩きで街を抜け、幹線道路に入ってさらに北上すると、しばらくして検問所に遭遇した。

 と、ここで警官が登場し、先ほどと同じような質問をされる。何だか嫌な感じだが、さっきと違って丁重な扱いなので、問題はないのだろう。しばらく待たされ不安はあったが、再登場した警官は指を指し、「あの車に乗っていけ」と言う。確かに、メイドゥームの遺跡は既に見えているとはいえ、まだ10kmほどの距離がある。かなりのオンボロ車だったが、ヒッチハイクよりはマシと思い承諾。乗車して遺跡へ向かった。

Meidum overlook
砂上の楼閣・メイドゥーム

 メイドゥームは表装石が崩れて3段の階段状になっており、近くで見ると砂上の楼閣といった風情だ。この遺跡を回り込みながら走っていくと、だいぶ近づいたところで車がパンク。運転手が修理していると、パトカーがやってきて様子を伺っている。結局彼らとともに入口に到着したが、観光客は私だけ。運転手がバクシーシを要求しないので、入場料だけ払って中に入っていった。

 警官に付き添われて歩いていくが、近くで見るピラミッドは意外に迫力がある。ピラミッドの構造もよくわかって面白い。別の人に案内されてピラミッド内部に入ると、中は急斜面になっていて、空気はどんよりして重苦しい感じだ。

 外に出ると、今度は隣りのマスタバ墳を案内された。こちらはさらに狭い通路で、途中這うようにして進んでいくと、奥に大きな石棺があった。そして、ここでバクシーシの要求。渋々払ったら、帰りは荷物を持ってくれたりと上機嫌であった。

Meidum
ピラミッドの構造がわかる

 その後、葬祭殿に寄り道をして戻っていくと、入口近くにパトカーが止まっていて、今からワスタに行くから早く乗れ、と言ってきた。これはラッキー!とばかりに乗車し、一路ワスタへ。外国人が珍しいのか、前の人はやたらと話しかけ、隣の人は(英語が話せないらしく)ジェスチャーで身に着けているものが何かを聞いてくる。そして例の検問所に戻ると、カイロ行のマイクロバスを捕まえて、無事に帰れよと送り出してくれたのだった。

 こうしてメイドゥームを後にしたが、最初はなぜこうも親切なのか、理解できなかった。しかし考えてみれば、エジプトは観光立国。外国人が下手に動いて事件でも起きたら、警察としては非常に困るのだ。あまり観光客が行かないところに出向いたからこそ知ることができた現実であった。

 スター気分?

 安宿のIsmailia House Hotelで夜を明かし、明くる13日は絶好の好天に恵まれた。今日はエジプト最後の日、残りの主要ピラミッドであるサッカーラ(Saqqara)とダフシュール(Dahshur)に向かうが、もう残金が少なくなったため、タクシーではなくバスを乗り継いでいくこととし、まずはギザ郊外のマリオテーヤを目指した。

 ガイドブックによれば、ここからサッカーラ方面のバスが出ているのだが、まだ朝早いためか、サッカーラまで向かうバスがない。困っていると1人の運転手が声をかけてきて、10£Eで遺跡まで行ってもよい、と交渉してきた。この際「時は金なり」と思って承諾。他の乗客を途中で降ろすと、後は貸切状態で遺跡入口まで走っていった。

 入口からは歩きとなるが、ピラミッドまでは少々距離があり、この間に多くの観光バスに先を越されてしまう(歩いている人は他にいない)。緩やかに回り込むと、ようやく階段状のピラミッドが登場。これが最も古いと言われるピラミッドだ。大勢の観光客に紛れて中に入り、ピラミッドを一周したら高台に出て眺望を楽しむ。ここからは階段状ピラミッドの景色がよく、南にはダフシュールのピラミッド、北にはギザのピラミッドも見えて壮観であった。

Pyramid at Saqqara
サッカーラの階段ピラミッド

 入口に引き返したら、さらに街道まで歩いてマイクロバスを捕まえる。サッカーラ村で乗り換え、南下してマンシェーヤからダフシュールへ歩いていくが、ここがまた注目の的。こんなところを歩く外国人はいないらしく、街の人は好奇の目で見ている。子供たちは珍しがって付いてくるし、中にはわざわざ追いかけてきて「名前は?」なんて聞いてくる子もいる。まるでスターになった気分だ。途中の人たちも、こっちを見ると手を振ったりして好意的。すぐ近くに観光地があるというのに、これはどうしたことだろう。だが、きっとこれが本当のエジプト人の姿。どうしても観光地に蔓延る悪徳人間ばかりイメージしてしまうが、本当は気さくで親切な人たちなのだ。

 30分ほど歩いて遺跡入口に着いたが、ここからもまた砂漠の中を歩いていく。しばらくして赤のピラミッドが目の前に現れたが、屈折ピラミッドははるか彼方…この時ばかりは後悔したが、今さら悔いても仕方がない。さらに30分で赤のピラミッド前に到着したが、ここはいったん素通りして屈折ピラミッドへ。なおも30分あまり歩いて、ようやく到達することができた(ここまで来る観光客は少なく、まして歩いてくる人などいない)。

 屈折ぶりを鑑賞しながら周回していると、警備に当たっている人が「ピラミッドに登らないか?」と言って隣りの小さなピラミッドを指差している。どうせバクシーシを要求されるのは目に見えているので断り、いろいろな角度から眺めてこの地を後にした。

Pyramid at Dahshur
屈折ピラミッド

Red pyramid
赤のピラミッド

 均整の取れた赤のピラミッドに戻ったら、満を持して内部に入る。ここはガイドブックの読者投稿で、非常にハードで足がガクガクになると書いてあったので、どれほどのものか検証させていただこうというわけだ。

  階段を登って中に入ると、傾斜のきつい通路が待っていたが、思いのほかあっさりと奥まで行くことができる。そこから階段を上がって最奥部まで行くが、正直大したものがあるわけではない。帰りは最後の坂がややきついが、それでも休むことなく走破することができた。まぁ、東アフリカのトレッキングに備えてのウォーミング・アップにはなった、と言っておこう。

Inside of pyramid
赤のピラミッド内部

 こうしてまた1時間かけてマンシェーヤに戻り、後はバスと地下鉄を乗り継いでカイロ中心部に帰っていった。このところ節約生活をしていたので、思いがけず100£E以上余ってしまったが、これは今までのツアーがいかに贅沢だったかを示唆している(本来、この国は物価が非常に安いのだ)。とはいえ、今さら使い切ることはできず、しかも再両替は不可なので、お土産として持って帰るしかない…

 宿に戻ってシャワーを浴び、夕食を取ったら、バスで空港に向かう。無事チェックインと出国手続きを済ますと、いよいよエジプトとはお別れ。夜行便で次なる目的地、ブラック・アフリカへと飛び立った。

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