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旅行記:中国西南部(世界自然旅)

11.駆け抜けて (2004/8/31:晴時々曇

 降り口はどこだ

 無事茶盤塔に到着したのは、午後3時半過ぎのことであった。バス置き場を脇に見ながら歩いていくと、しばらくで小さな店が現れ、眼前には天子山一帯を見渡す絶景が広がった。ここが大観台という展望台らしく、周りには暇そうなかご持ちが腰を下ろしている。しばし景色を堪能していると、さっそく男どもが声をかけてきて、籠に乗らないかと誘うが、そんなものを利用するつもりはなかったので、あっさり断って下り始めた。

Tianzi overview
大観台からの展望

 急な階段を下ると、眼下に建物が見えてきて、そこから左右に遊歩道が延びていた。予定では、このまま十里画廊のある谷、甘渓溝を下っていき、バスを捕まえて帰るつもりだ。略図を見る限り、降り口は右手にあるようなので、そちらに向かっていく。

 早いものでもう陽が陰り出していたので、早歩きで歩いていくが、行けども行けども降り口が見つからない。不安になりつつも前に進むと、やがて左手に頼りない踏み跡を発見。恐る恐る歩いて見ると、まもなく張り出した岩峰に出てしまった。ここからの展望は素晴らしいのだが、これ以上降りることなどできやしない…

 元の道に戻ると、もう明らかに行き過ぎていると感じたので、再び注意しながら引き返していく。しかし、それらしき道は一向に見つからず、結局元の場所に戻ってしまった。時間だけは刻々と過ぎ、焦りが募る。

 これだけ探してないのなら、もしかすると逆側なのかもしれない、と思い直し、今度は逆側の道を歩き始める。少し下りながら歩いていくと、やがて神鸛啄食という展望地にやって来た。ここからは目線の先にある奇峰群が延々と連なっており、まさに絶景というべき眺めだ。

 と、気がつけば先ほどのバスの運転手がいた。これは渡りに船と、降り口はどこかと(地図を見せて)尋ねると、そんなものはないと言ってきた。くそっ、今度は地図に騙されたか!

Tianzi view
神鸛啄食より

 下界へ急げ

 既に4時半になっていたが、こうなるともう、上に上がってバスを捕まえるしかない。その先、さらにロープウェイに乗れるかはわからないが、とにかく急いで帰途についた。

 しかし、バスの通る道まで戻っても、天子山に向かうバスは現れない。たまにバスが来たと思っても、運行を終えて帰ってきたものばかりだ。どうしよう…すると、偶然バイクが通りかかり、天子山方面に行くなら乗っていけ、と(ジェスチャーで)言ってきた。既に後ろに1人乗っていたのだが、さらに後ろに乗せてもらい、ロープウェイ乗り場へ急行する。もう5時を過ぎているが、運行しているのだろうか…

 バイクは猛スピードで走った末に、乗り場に到着した。ロープウェイはまだ動いていたので、2人して駆けて乗せてもらう。ところが、あいにく本日の運行は終了しており、入口も閉まったままであった。

 すると、男が扉をガンガン叩き、中にいた従業員を呼んで、何やら交渉している。彼は数人分(おそらく観光客用)の身分証明書を下に届けなければいけないので頼む、と言っているようだ。従業員は渋々下と連絡を取り、何とか承諾を得たらしい。2人して中に入り、書類と一緒に、私も降りることができた。

 どうにか下界に降り立つと、別の男が書類の到着を待っていて、ついでに私も乗せてもらえることになった。彼は結構親切で、ボッたりすることなく、そのまま街中まで送ってくれる。一時はどうなることかと思ったが、こうしてこの難局も乗り切ることができた。

 そして、これにて武陵源の観光は終了。かなり慌しかったが、ダイジェストとしては十分周遊することができた。ただ、ここは(と言うより中国の観光地は)団体客向けに整備されており、その流れに乗る分には利用しやすい(その代わり、ものすごく混み合う)が、ひとたび凝った周り方をしようとすると、たちまち不便を被ることになる。9割以上が団体客とはいえ、もう少し融通が効くようにしてくれると良いのだが…

 中国の姿

 さて、武陵源の後は、三峡経由で成都に向かおうと思っていた。ガイドブックの情報では、とりあえず長沙に出るしかないように思われたが、現地で調べると、早朝に武漢行のバスがあり、途中の沙市で降りれば、理想的な移動になると思われた。そこで、翌31日は早起きして武漢行に乗り込み、都合4泊した武陵源に別れを告げた。

 武漢行は、長距離ながらもミニバスで、車内はものすごく蒸し暑い…おまけに急カーブを猛スピードで下っていくものだから、何人もの人が吐き気をもよおし、ひどい状態だ。汗ダラダラですっぱい匂いの中をやり過ごすと、慈利でさらに乗り込み(詰めるだけ詰め込み)、不快度はピークに達した。何とかしてくれ…

 苦痛に耐え忍んでいると、石門・茅坪を経由して、昼過ぎにようやく昼食休憩となったが、ここがまたボロい中華料理屋で、店内には虫が湧き、トイレの汚れは形容し難い。さらに、すぐ近くにいた子供が廊下におもらししたり(中国ではオムツを着けない上、子供は何をしても許されるらしい)、そこらじゅうで痰を吐いたりタバコを吸ったりと、本当に不愉快極まりない。これが中国の姿なのか…

 ここで、乗客の一部は別のバスに移り、若干ゆとりが出来たところで再スタート。まもなく開けた街になり、ついには広大な長江を渡り始めた。何という大河だろう…その先には沙市の街並みが広がり、久々に大きな街に出てきたと実感するが、よく見ると、妙に近代的なビルのすぐ脇で、バラック小屋のような建物がいくつも並んでいる。急速な近代化の影で、まだまだ貧しい生活を送る人は多く、貧富の格差は拡大しているそうだが、これも中国の現実なのだ。

 こうして沙市に到着し、わけのわからない場所で降ろされた。とりあえず長江沿いに港があるはずなので、それを目指して歩くが、それらしきものは見当たらない…やっと長江を見つけても、港の場所は見当もつかないのだ。困り果てて、通りかかったタクシーに(筆談で)尋ねると、幸いにも、その人は港まで送り届けてくれた(もちろん有料だが、ボッてはいない)。

 港に着いたら、さっそく次の船便を捜す。が、今日はもう終了していて、明日の午後にならないと重慶行がないらしい。仕方ないので、この日は港にある港口招待所に泊まり、一夜を明かしたのだった。

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