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旅行記:アンデス&アマゾン(世界自然旅)

16.闇夜の急登 (2003/11/19:晴

 夜明け前なのに

 ツアーの最終日は、なんと早朝3時の出発となった。当然まだ夜明け前で、懐中電灯を照らしながらの登りだ。なぜこんな時間になるのかというと…終点のカバナコンデ(Cabanaconde)からアレキパに向かうバスが朝7時発なので、それに間に合わせる必要があるらしい(バスは1日2便で、日中走るのはこれ1本)。これぐらい、専用の車を用意して欲しいものだが…

  ともあれ、他のグループも含めて、皆ほぼ一斉にスタートし、闇夜の中、いきなりの急登をこなしていく。ここはかなりの斜面で、ジグザグに延々登っていくのだが、まず最も体格の良いニュージーランド人が脱落し、しばらくでブラジル人もずるずる後退していった。一方、アメリカ人の女性は余裕で、私は彼女にしばらくついていったが、やがてきつくなり、ついには離されてしまった。なんという体力だ!

  さすがにガイドは余裕そうで、まもなく私を抜き、彼女と一緒にグングン上がっていく。すると、だいぶ上がったところで明るくなり始め、周囲の眺めが得られるようになってきた。そして、しばらくで陽が昇り、次第に暖かくなった。

Cañon darkup
明るくなる頃にはだいぶ上がっていた

Cañon sunrise
渓谷に陽が昇る

 2人は登りが終わる辺りで休んでいたので、そこまで頑張って登り、後続を待つ。男2人はかなりしんどそうだったが、どうにか無事登りきると、そこからは急に平坦な道となった。後は楽々歩き、6時過ぎには皆カバナコンデまで歩き通すことができた。

 飛行機で一足飛び

  バスのチケットを確保したら、まだ時間があったので朝食を食べ、夜明け前からの労をねぎらう。しかし、ガイドはまたこれからトレッキング・ツアーに出かけるらしい。彼からすれば余裕だろうが、お疲れ様である。

  バスは定刻通りに出発し、途中の展望台でガイドが、チバイではアメリカ人が降りて、後は3人でアレキパに帰る。さすがに疲れていたので、車内では寝ていることも多かったが、揺れが結構あったし、車内は大混雑だったので、快適とは程遠い。それでも、8時間ほどの移動に耐えて、晴れてアレキパに戻ることができた。

 ここで、ブラジル人はそのままナスカ(Nazca)に行くと言うので別れ、ニュージーランド人と一緒に、タクシーで街中に向かう。そして、旅行会社の前で降ろしてもらい、首尾よく航空券をゲット。少々休んだら、空港まで送ってもらった。

 そして、夕方の便で一気にリマに飛んでしまう。実のところ、次はアマゾン流域の町、イキトス(Iquitos)に行くのだが、陸路ではとんでもなく時間がかかってしまうし、かといってアレキパからの直行便はない。ゆえに、いったん首都のリマに飛び、翌日改めてイキトスに飛ぶわけである。

  飛行機は夕暮れ間際にアレキパを発ち、1時間あまりでリマに到着。もうすっかり暗くなっていたが、2度目ともなれば、もうお高いリムジンタクシーを使うわけにはいかない。覚悟を決めて、ゲートの外に出た。

 悪徳タクシー登場

 案の定、外を歩くと多くの客引きが声をかけてきた。ここは振り切って、幹線道路沿いで捕まえようと思っていたが、うんざりするほどしつこい…

  たまりかねて、ミラフローレス(Miraflores)までいくらか聞いてみると、S/.50(約1,500円)などと吹っ掛けてくる。その手には乗らないので、S/.30でないと駄目だと言うと、自分たちは空港の許可証を持った安全な人間だ、外で車を捕まえるのは危険だ、とアピール。それはある意味もっともだが、それにしても高い。

  すると、過ぎ去ろうとしたところで、S/.30で良いという輩が現れた。どうしようかと思ったが、結局根負けしてしまい、S/.30ならと渋々承諾。ミラフローレスまで乗せてもらうことになった。

 ところが、空港を出るとまもなく、男はやたらとホテルのリーフレットを出してきて、このホテルに泊まらないか、と勧誘してきた。私のような貧乏旅行者には手の届かないところだったので却下し、ガイドブックに乗っていた宿を示すが、「場所がわからない」と知らん振り。それならミラフローレスの中心部で降ろしてくれというが、そこも知らぬとぬかしてきた。とんだ悪徳タクシーに捕まってしまったものだ。

  かなり険悪なムードになったが、とにかくこんな高いホテルには泊まれないと言うと、向こうも困った挙句、ようやく安宿のSamay Wasi Youth Hostelを示してきた。もうリベート狙いなのは明らかだったが、こんな夜に放り出されたら危険なので、渋々その安宿で了解する。その後、この悪徳者は一転「S/.40だ」などと言い出すが、そこはもう譲らず、ぶち切れ寸前ながらも宿まで耐え忍び、身の安全は確保したのであった。

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