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連隊館震災ボランティア第 II 部 ボランティアを体験して
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震災ボランティア:第 II 部 ボランティアを体験して

何かにつなげていきたい

K.M.(3/15~3/17)

 目覚めてすぐつけるのが習慣で、地震の事を知ったのはラジオからだった。テレビをつけ、見入った。友人のポケットベルを鳴らすが、返答の連絡はなし。職場の連絡先を留守録に入れて、いつも通り出勤した。幸い友人・知人の無事は確認でき、間接的関係の被害におさまった。それからしばらくは、まるで遠い国の出来事のように、わずかな募金をし、報道を通して見守るだけしかできなかった。

 2月に入り、都療護施設から2名ずつの応援隊を募った。“役に立てるかもしれない”その気持ちが、なかなか出動命令が下されないことをもどかしくさせた。とにかく行って力になりたい。きっと何かできる。今になって思えば、それが良くなかったように感じる。体力には自信があった。不規則勤務だから、睡眠不足の時の自己管理も完璧だ、と自負していたのだった。たった3日間にそんなに意気込んで‥‥。現地は、被災者の方々の自立を促し、引き際を考えている時期だというのに‥‥。

 出鼻挫かれ(勝手に挫いたのだが)、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。結果、思いつくままに動いていた。無駄な動きもいっぱいあったように思う。もっとやるべきやれる事があったかとも思う。役立たずで終わってしまった。でも、私にとってはプラスの3日だった。ファミリーや本部との交わりも、避難所や在宅の被災者の方々との話も、自分の眼で見た被災地の様子も、私には有益だった。偽善という言葉を使うと、少し悲しくなる。けれども、そう言われても返す言葉がない。もっと居たかった。避難所で1つの世界ができあがっていたが、魚崎小以外の世界も知りたかった。ボランティア撤退の件や救援物資で近隣の商業が成り立っていないこと、被災者のつかみどころのない不安。問題はたくさん残されている。

 高速バスで帰着した日に、夜勤で眠りから覚めたら毒ガス事件で、さらに職場での問題、私情なことなど、ただでさえ良く回る頭ではないのに、めまぐるしい限りである。でも、うやむやにすることを避け、何かにつなげるように努めていきたいと思う。

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