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連隊館修士論文>第6章

修士論文 『行政計画策定過程における意見反映プロセスの事例分析』

第6章 東京都「生活都市東京構想」策定過程

1.概要

  上記3例とは異なり、東京都は1200万人もの人口を抱えた都道府県であり、日本の政治・経済・社会の中心地であるが(図6-1)、近年財政状況が厳しくなり、人口や経済も右肩上がりの時代は終わるなど、成熟社会を迎えようとしている。そうした東京都の10年間の長期構想を定めたものが「生活都市東京構想」である。

図6-1 東京都の位置

 策定体制

  東京都では、この基本構想策定にあたり、その内容等に提言を行なうために、都知事の私的諮問機関として「生活都市東京を考える会」(以下「考える会」)を設置した。その役割は、①生活都市東京の都市像、②生活都市東京における都民の生活像、③これからの都政における政策の方向、④その他知事が必要と認める事項について調査検討し、その結果を知事に報告することにある。

  「考える会」委員は34名で、知事推薦の各界有識者や区市町村代表、それに作文等で選考された6名の公募委員からなる。審議は、全体会10回、「まちづくり」「くらしづくり」部会を各5回開催し、報告に向けた議論を行なった。また「考える会」委員8名で起草委員会も作られ、知事への報告の検討・作成作業等を行なった。

  庁内では、基本構想担当の事務局を政策報道室(96年6月まで企画審議室)計画部に設けるとともに、高齢社会PT(36)・循環型社会PT・産業社会PT・都市づくりPTと、主要テーマごとに課長級・係長級の庁内横断的プロジェクトチームを設け、「考える会」と並行しながら具体的な実務レベルの議論を重ねた。そして事務局と同じ政策報道室計画部が計画作成を担当し、庁内各局や区市町村、PTでの議論等を調整しながら、「考える会」報告を踏まえた案の作成等を行ない、庁議に諮って構想の策定を行なった(図6-2)。

図6-2 東京都「生活都市東京構想」策定体制

 策定経過

  「考える会」が発足したのは96年1月のことであり、まず3ヵ月に渡って4回全体会を開催した後、くらしづくり・まちづくり両部会に分かれ、個別課題の検討を行なった。同じ頃課題別PTも設立され、「考える会」の議論を参考にしながら検討が行なわれた。また、会議傍聴者へのアンケートの他、郵便やファックス等でも市民より意見を募集した。

  それに加え、6月よりインターネット上にホームページを開設し、合わせて電子会議室も設けるなどして市民意見の一層の集約を図った。そして8月に各部会も終了し、8月末には「中間のまとめ」が発表されている。

  その後、全体会と並行しながら起草委員会も開かれ、10月に開催されたシンポジウムなども踏まえて、11月末に「考える会」最終報告が提出されている。

  そして、これを受けて庁内で行政計画としての具体化を図り、内部での策定会議で最終決定を行なって、97年2月に「生活都市東京構想」が完成した(表6-1)。

表6-1 東京都「生活都市東京構想」策定経過

2.主要アクターとインタビュー対象者

 行政

  庁内では、「考える会」との連絡調整、各局やテーマ別PTとの調整などで政策報道室計画部が大きな役割を果たしていた。そこで、ここでは当時計画部主査(基本構想担当)で、構想の具体化である3ヵ年計画の策定にも中心的に関わった雜賀真氏に話を聞いた。

 市民

  今回の構想策定にあたっては、「考える会」の段階で、郵便やファックス、傍聴者アンケート、シンポジウム、電子会議室等で意見を募集したが、特に電子会議室では、これまでの一方向的な手法と異なり、双方向の議論が可能となり、様々な意見交換が行なわれて施策にもいくつか反映された。そこで、ここでは8月より電子会議室に参加し意欲的な提案を行なった、葛飾区在住の瀧澤一郎氏に話を伺った。瀧澤氏はJC(青年会議所)等で活躍しており、葛飾区に対しては以前より施策への提案等を行なっていたという。

 策定組織

  策定にあたっては、「考える会」が知事より委嘱を受けて報告を提出するなど、重要な役割を担っていた。そこで、ここでは専門委員として加わり、後に起草委員ともなった、日本開発銀行企画部副長の小松俊昭氏に話を伺った。

3.分析①:なぜ意見反映プロセスを実行するのか

 政策転換期と参加

  雜賀真氏の話では、今回のような都道府県レベルの基本構想策定は、法律で義務づけられているわけではないが、「そういうのを持っていないと、現実の行政を動かせられない」のだという。しかし、従来までの構想策定等では「(懇談会を)公開はしていなかったですし、都民公募という形で懇談会の代表に入っていたということはな」く、意見の集約についても「都政モニターだとか、世論調査など」に過ぎなかった。

  ところが今回は、懇談会の公開・傍聴に加え、手紙・ファックス・電子会議室等を用いて積極的な意見集約を図っている。これについては「オープンにすべきだというのは知事の姿勢」が大きいという。しかも、96年3月に策定された『東京都行革大綱』には、「開かれた都政の実現」として以下のような内容が盛り込まれていた。そのため、今回は原則公開で実施できたと言える。


①双方向性の確保と即時性の向上
  ・電子会議室の実施

②懇談会等の都民に開かれた運営
  ・会議等の原則公開
  ・委員の都民公募制の導入

③プロセス情報の積極的提供
  ・重要な計画等のプロセス情報の提供

④事業実施過程における都民意見の反映
  ・まちづくりにおける住民参加

  また、特に今回の構想に関して言えば、「経済成長が鈍化してきて、成熟社会に移り変わる…中での構想だという意識が強かったですから、そういった動きの変化というのは、やはり直に都民の方から生の声を聞きたいと」考えたので実行したのだという。なお、これに対し、庁内では「表だった反対というのはな」かったので、実施上は問題なかったようである。

 チャネルの漸進的選択

  今回意見収集に利用したチャネルには、傍聴者アンケート、手紙・ファックス、電子会議室、シンポジウムなどがある(表6-2)。その選択にあたっては、「幅広く、とにかく既存のあるものについては全部やろう」という姿勢で臨んでいたという。実際、既に「臨海副都心まちづくり推進計画」の策定などで「懇談会の公開であるとか…一般の傍聴とか…は、やっているし、あと都民の声を手紙やファックスでいただくというのはやっていた」ので、その延長線上で対応したと言える。そういう意味では、従来のノウハウに一工夫をした程度で済むチャネルを用意している。

表6-2 東京都「生活都市東京構想」策定における市民参加

  ただ、ホームページや電子会議室の開設については、先の『行革大綱』で記述されていたものの、都としては経験のないことであった。そのため策定初期は考慮されていなかったのであるが、96年4月頃石井威望座長と金子郁容・渡辺貴介両部会長より提案があったので、VCOMの協力のもと急遽実施することにしたのである(37)

  電子ネットワークを用いたチャネルの利点は、従来より行なわれている手紙やファックス等の意見収集手法が一方向的なのに対して、市民と行政ないし市民どうしが意見交換をする情報共有の場及び議論の場を設けることになるので、双方向コミュニケーションを実現できることだと言えよう(図6-3)。ただし、行政側にまだノウハウがないこともあり、電子会議室については、議論の進行を行ない、市民と「考える会」事務局間のコミュニケーションを仲介するために進行役をおき、必要な情報は事務局によって提供された。

図6-3 インターネットを使った市民との意見交換

  このように、今回は様々なチャネルを用いたうえで、会議を公開していたので、議論の内容は逐一チェックできるようになっていた。また、寄せられた意見は次回の会議までに配布するなど、随時フィードバックが可能であった。

4.分析②:どういう意見反映プロセスをとっているのか

 「考える会」の議論へ

  今回「考える会」に対して寄せられた市民の意見数は、表6-2の通りである。しかし、電子会議室での議論を除けば、各チャネルでどのような意見が出されたのかは、一般にはわからない。そのため今回は、「中間のまとめ」と報告の発表時に、寄せられた意見内容の概要等を「アイデア集」という形でまとめることで、意見内容の公開を果たしている。

  ただ今回の場合、市民より寄せられた意見というのは、原則として直接庁内の計画策定部門に行くのではなく、まず「考える会」の委員に配布するという形をとっていた。そして「例えばある委員がそれを読んで、それに従って自分の意見を述べる」ことにより反映可能性が出てくるという、間接的な反映方法となっていた。そのため、委員の発言に左右される面があり、委員自身がどれほど内容をチェックしていたかが問題となる。

  この点に関して、小松氏は「常にチェックはできなかった」と弁明していたが、瀧澤氏が「どうやって反映させるかというメカニズムが、やはりまだ全然整備されていない」と感じた一端はこうした点にあるだろう。確かに、これなら庁内ではさして負担にならないかもしれないが、これが良い手法であったかは疑問が残る。

  なお、「中間のまとめ」の段階では、事務局の検証によると、電子会議室の議論内容が18箇所ほど反映されたとしている(図6-4)が、雜賀氏によれば「それは結果から見ての話で…それについてはこの意見が関与していたという、結果から見たプロセスを検証している」だけで、「実際上は一個一個の意見がどうなったということでは必ずしもないだろう」ということである。実際、反映箇所となっているところを調べると、中間まとめ素案の段階で書かれていたことが、その後議論になった場合も反映箇所としているものもあるなど、具体的な意見反映はわかりにくいものとなっている。

図6-4 会議室の議論が報告に反映された例

  ただ、起草委員会では、「計画部の方でかなり細かい部分については案を作ってお出ししている」一方で、「総論のところ…はほとんど起草委員が書いて」おり、「起草委員会の中でも、それぞれの委員さんの意見はどういうふうにここには入ってきているというのは中で議論してい」るなど、原案作成にあたっては、委員の意向は十分踏まえられていたものと思われる。

 「選択志向」提案の反映プロセス

  では、具体的に、瀧澤一郎氏が提案し施策に反映された「選択志向」の問題についての経過を見てみよう。

  瀧澤氏は、8月1日に公開された「中間のまとめ素案」に一通り目を通した上で、16日になって、電子会議室で次のような発言を行なった。


  ただ、その中で感じたのが、破綻しつつある、都や国の財政状況にあって、私たちは単に要望するだけでなく、実際の実現性を含めて「例えばこの事業とこの事業を統合していけば、より効果的で費用のかからない事が出来る」とか「もう既にこういう行政サービスはいらない」という話もして行って良いんじゃ無いかと思います。

  これに対し、18日には金子郁容委員が、電子会議室に次のようなコメントを出している。


  …望まれる姿を実現することへの制約には、私の意見では、瀧澤さんがいっている財政面に加えて、制度面と関係者間の合意形成の困難さがあると思っています。財政面の制約はなるべく具体的に提示して、結局はわれわれ都民が優先順位を選ぶことになりますね。瀧澤さんが指摘している「これは止める」とか「これはリストラする」という提案も大事ですね。…

  電子会議室上では、これに瀧澤氏がコメントを返して議論は終結したのだが、その後30日の懇談会で、金子委員が、上記の趣旨に基づいて以下のような発言を行なった。


  最終報告に向けては、行政もmore and moreでなく、何かをやめるとか、見直しをするとか、合意形成のためには、自分の欲しいものは全部盛り込んでもらうというのではなくて、これはやめておこうか、これはみんなで抑制していこうというようなこと、そういうメカニズムを持つという観点をぜひ考えてみたい。

  この意見を踏まえて、最終報告では以下のような項目が新たに加筆されている。


(拡大志向から選択志向への転換)
  この報告では、時代に合わせた新たな施策を提言していますが、それは都の組織や事業規模を拡大していくことを意味してはいません。社会のさまざまなしくみや制度を変えていくとともに、限られた都の財源のなかで、既存のすべての施策や事業を抜本的に見直してどこをどう変えていくのか、またこれまで以上に多様なニーズのなかから何を新たに採択していくのか、厳しい選択が迫られています。新しい行政需要に対応するために、財政規模が拡大を続けることはもう許されないのです。

  この内容は、97年2月に発表された「生活都市東京構想」においても踏襲されている。しかし、どのような議論を経てこうした記述の採用となったのかはやはり明らかではない。瀧澤氏自身は「そんなに期待はしていないですけど」と言っているが、「書いたことが影響されないからみんな書かないのだと思います」とも述べており、その意味では、意見反映のプロセスをより明確なものにしていく必要があろう。

5.分析③:意見反映プロセスの採用でどんな影響があったか

 取り組みへの反応

  今回のような取り組みに対しては、委員であった小松俊昭氏も「いろいろ用意されたというのはまず、それ自体多とします(38)」と肯定的な評価をしている。瀧澤一郎氏も「間口を拡げていろいろな意見を聞くというのは良いこと」だとしている。また電子会議室での意見でも、「プロセスを透明にしようということで、ホームページやこの会議室の設置についての意気込みは評価できます」というように、おおむね評価は高い(39)。その点では、プロセスをある程度オープンにすることで、市民等の信頼が高まったと言えよう。

  庁内でも、雜賀氏の話では「他の懇談会で、やり方について、こちらのやり方を参考にしたい」という要望があり、「都民の意見を集約する…方法については、今回の考える会が影響を与えてい」るとのことである。

  ただ、今回の構想は、先に触れたように「人口が減ってくる、あるいは経済も伸びないという時代を想定して」策定に取り組んでいたのだが、それに対し各局は「どうしても従前の施策を引っぱって」くるため、「今までの流れを変えていかなければならないと、相当切っている部分があ」り、その過程では計画部と各局の間で「相当やりとりはあ」ったという。これを説得する理由づけとして、市民の意見は「時代の声」として1つの材料になるわけであり、その意味では、特に転換期の政策合意には、こうした意見反映プロセスの採用が効果を発揮するものと思われる。

 アカウンタビリティを高める

  また、今回はオープンにすることを前提としていたため、「それに対する答えもある程度用意しながら資料も作って」おり、「自分たちの中で閉じられた世界で作るものと、オープンを前提として、いろいろな議論を前提として作るものというのは、自ずから違ってき」たという。要するに、市民から寄せられる意見や質問等に対して納得のいく説明をするよう心がけたということであり、その点でアカウンタビリティを高めることにも貢献したと言える。

 双方向性の必要性

  他の4事例と比べ今回特筆すべきは、おそらく電子会議室を設けて双方向の議論を行なったことであろうが、その点については、雜賀氏は「やはり電子会議室のような形で、議論できる場が一応設定されているのが一番望ましいですね。手紙・ファックスというのは、なんか行き当たりばったりじゃないですか」と、双方向性の必要性を認めている。

  「ただ、電子会議はまだ限られた人しか利用できない」ので、「何箇所かを廻って、それぞれの意見を聴いて廻るというようなものがあってもいいかもしれない」と述べている。

  しかし、その一方で「今回うちがやったほど徹底的な公開というのはなかなか難しい…それだけの人員が張り付けられるというのはなかなか難しいですね」とのことであり、双方向性を、コストをかけずにいかに確保できるかが課題であろう。

  なお、今回の電子ネットワークの利用については、都議会でも議題にのぼっている。すなわち、「議会に対しては、平成8年8月付で『中間のまとめ』の冊子が送られただけでありますけれども、これらのパソコンネットの中には、今日までの会議録、資料等が全て公開されているのであります…都としては、電子会議室を設け、試行することとなっておりますが、一方、都民の意思を代表する議会との関係についてどのように対処されるのか」と、議会制民主主義との関係から注目しているのである。その意味では、電子ネットワークに限らず、意見反映プロセスを既存の制度とどう折り合いをつけていくかも課題となろう。

6.考察

  以上のように、今回の東京都の取り組みは、手紙やファックスなど既存の意見収集手法とともに、実験的にホームページや電子会議室を導入するなど、大規模な自治体としては意欲的であったと言えよう。

  しかし、その反面で、やはり寄せられた意見が具体的にどのような議論が行なわれて反映された(あるいはされなかった)のかは不明瞭なままであった。また、双方向性の活用はコストの問題も浮き彫りにしており、その辺りの改善が望まれる。


[注]

(36) Project Teamの略。

(37) そのため準備期間はあまりなかったが、4月23日の打ち合わせ後活動を開始し、企画・準備段階を経て、6月10日にホームページと電子会議室を公開した。

(38) ほめること。重んずること。感謝すること。

(39) ホームページのアンケートでも、「考える会」の試みについては、「良い」76.4%、「良くない」3.4%、「どちらでもない」20.2%となっている。詳しくは前記の『都市問題』掲載論文を参照されたい。

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