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連隊館修士論文>第5章

修士論文 『行政計画策定過程における意見反映プロセスの事例分析』

第5章 大和市「都市計画マスタープラン」策定過程

1.概要

  神奈川県大和市は神奈川の中心部に位置し、2706haの狭い市域でありながら、東京や横浜へのアクセスに恵まれた、交通の利便性の高い街である(図5-1)。このため高度成長期より人口が急増、現在20万7千人余が居住している。既に区画整理事業等は進んでおり、市街化区域の63.3%で基盤整備を終了している。こうした大和の20年後のまちづくりを見据えた計画が、この「都市計画マスタープラン」である。

図5-1 大和市の位置

 策定体制

  今回マスタープランの策定にあたっては、策定委員会、策定実務会、市民懇話会、都市計画審議会の4つの組織が設けられた。

  市民懇話会は、市民参加の1つのチャネルとも位置づけられ、市民や団体・企業関係者等の計24名からなっており、市民から寄せられた意見を協議・検討し、その結果を策定委員会に伝えている。

  策定委員会は、学識経験者5名と部長級の行政職員9名からなり、市民懇話会等の結果を受けて、叩き台や素案などの検討・作成が行なわれる。

  策定実務会は、庁内の課長級職員8名と専門家1名よりなり、実務レベルの調整を行なう機関である。

  そして、決定にあたっては、都市計画審議会に諮問されるわけである。

  一方庁内では、都市部内の都市計画課と都市政策課で、若手職員・係長以下7名程度の「部内プロジェクトチーム」を作り、そこで他部署との内部調整を随時図りながら毎週検討を重ね、原案の作文等を行なった。そして、それを策定実務会、関係部長会議で叩き直し、その上で策定委員会等に諮るという仕組みになっている(図5-2)。

図5-2 大和市「都市計画マスタープラン」策定体制

 策定経過

  策定作業は94年8月より始まり、10月には部内プロジェクトチームも発足している。そして、95年6月には「地域まちづくりサロン」がワークショップ形式で4回開かれ、ここでの情報交換をもとに、11月には全体構想を記した「叩き台(1)」が作成された。

  その後、ポスターセッション形式で「地域の意見を聴く会」を各地区(35)ごとに計5度開き、そこでアンケートを実施したり、広報紙やインターネット上のホームページで意見を募集した。その意見の内容は、96年3月に報告書としてまとめている。そして、これらや市民懇話会での議論等をもとに、同年6月に、地域別構想も含む「叩き台(2)」が完成している。

  その後も、同じように地域の意見を聴く会を5度開き、広報やインターネット等でも再度意見を求めながら策定を進め、11月には素案を作成した。合わせて「意見集」だけでなく「市民のみなさんの声への対応」も公表している。

  そして、12月に予定されていた公聴会は希望者がいなかったため開催されなかったものの、結局都合4度のフィードバックの末、97年1月には都市計画審議会でも了承され、計画は同年3月に完成したのであった(表5-1)。

表5-1 大和市「都市計画マスタープラン」策定経過

2.主要アクターとインタビュー対象者

 行政

  行政庁内においては、施策の策定にあたって、内部部門間調整や原文作成などを中心的に行なった「部内プロジェクトチーム」の役割が大きかったと思われる。そこで、ここではプロジェクトチームの一員として参加し、インターネットの利用についても主導的に行なった、都市計画課職員の小林隆氏に話を聞いた。

 市民

  今回大和市では、「地域の意見を聴く会」や「市民懇話会」のような既存の手法に加え、都市計画策定上日本で初めてインターネットを活用し、電子メールで意見の収集に取り組むなど、一定の成果を収めた。そこで、ここではたまたま都市マスタープランのページを見つけ、電子メールで意見を出し内容が反映されたという、大和市立光丘中学校教諭・中村孝夫氏に話を伺った。

 策定組織

  前述のように、策定に関わった組織は4つもあるが、このうち市民からの意見反映ということを考えれば、意見の検討を1つの役割としていた「市民懇話会」が大きな比重を占めていた。そこで、ここでは当時委員として参加し、現在は「まちづくり条例」の策定にも関わっている、河崎民子氏に話を伺った。彼女は神奈川ネットワーク運動の関係者で、大和市の施策策定にも最近いくつか委員として関わっている。

3.分析①:なぜ意見反映プロセスを実行するのか

 プランの正当性

  大和市では、先に述べたように、かなり手の込んだ意見反映プロセスを踏んでいる。では、なぜそのような手法を実行したのか、検討することにしよう。

  小林隆氏の話では、今回のマスタープラン以前の計画では、「アンケートとかワークショップ、あるいは説明会のようなもの」はあったものの、実質的には「地域のリーダーのような人が集まって、ある芸術家の人とデザインのあり方について議論して、そのデザインの方向性を受けて僕ら(行政)がまとめる」というスタイルをとっており、プランの策定には「ほとんど市民参加はない」状態であったという。

  しかし、その一方で、まちづくりについては89年より庁内で担当ができており、「市民参加の掘り起こしをやってきてもう10年(近く)たつ」ため、スタッフにしても「どうすれば良くて、どういうふうにすると意見を引き出せるかというのを良くわかっていたので、変な恐怖心はなかった」ということで、ある程度市民参加に慣れていた側面がある。また大和市の特性として、「既成の市街地が多くて、しかも基盤がわりと良くできている」ため、大きな開発プロジェクト等もなく、「わりと住民参加がやりやすい都市」であったという。

  こうした中で今回意見反映プロセスを実施したわけだが、その理由としては、もちろん都市計画法の改正で実施が義務づけられたことが大きいが、それに加えて「計画を正当化するには市民参加をやらなければいけない」という認識が職員間で強かったのだという。また、バブル期に策定された「まちづくり推進計画(玉響計画)」は開発中心であったが、バブル崩壊で運営できなくなり「開発の枠組みを減らしてコントロールに切り替えなければ」ならず、「その政策転換をするにはもう市民の方がかなり関わってなければならない」と小林氏は述べており、それも動機づけとしては大きかったようである。

 非効率か正当性か

  こうした背景のもと、今回は様々なチャネルを用いた上、意見の施策へのフィードバックを都合4度行なう(図5-3)など、徹底した取り組みが実施されたのであるが、この点については「この計画が正当なものです、と言うためには、かなり綿密に住民の参加を得て、なるべく多くの人が参加をして知っていて、そういう中でプロセスを踏んでやっていきたいんだという経過を残さないと、このプランを正当化できない…当然その拘束力も低くなって…実行力がなくなってしまう」ためだと述べている。ここで、プランナーとしては「策定の非効率と正当性のどちらにウェイト置くか」が問題になるが、大和市としては、「このプランの正当化をしっかりやって、庁内で揺るぎのないものにしようということで、市民参加を必死にやることにした」のであった。

  チャネルの選択にあたっては、まず「なるべくたくさんの人から意見を聞きたい」、すなわち「なるべくいろいろな密度の、分散した情報が欲しい」ということで行なわれた。そこで、まず最初の「地域まちづくりサロン」は市の問題について率直な声を聴くことを目的とし、誰でも参加できるものとしたが、ここで「ワークショップをやったのは、この話の筋を作りたかった、どういう方向性で全体をまとめるのかということで、意見の軸を作る」ためであった。そして、「叩き台」をもとにした議論では、地区ごとに「地域の意見を聴く会」を土日に開催したが、ここで採用したポスターセッション方式は「マンツーマンで職員と市民が交互にやって、平均のセッション時間が45分ぐらいあった」ので、「特に高齢者とか女性の方なんかには非常に理解しやすくて、評判も良かった」という。

  ただ、こうした従来型の手法では「非常に年齢層が偏る、それは女性とご高齢の方しか参加できない」傾向があるため、「特に年齢層の若くて外で働いているグループと、専門家のグループ」の参加を目的として、インターネットも活用することにした。

  こうした取り組みについては、市民懇話会委員であった河崎民子氏も「ワークショップ方式を取り入れたり…関心があれば参加できやすい日程を組んだという意味では、今回は評価をして」おり、インターネットの利用についても「透明性を高め…誰でも気軽に参加できるというところでは、それを導入したということは…非常に良かった」と述べている。また中村孝夫氏を始め、電子メールで発言した市民は、おおむね「望ましい」と、今回の試みを評価している。

図5-3 大和市「都市計画マスタープラン」策定の流れ

4.分析②:どういう意見反映プロセスをとっているのか

 市民懇話会の形式的役割

  今回の市民の参加数と意見数は、各チャネルごとに表5-2のように集まっている。

表5-2 大和市「都市計画マスタープラン」策定における市民参加

  こうして寄せられた意見は、まず庁内のプロジェクトチームのもとへ行き、ここで議論していくことになる。プロジェクトチーム自体は、94・95年度は毎週木曜日に開かれ、96年度も適宜開催されていた。そして「その中で良いものがあればプロジェクトチームが案を作」っていった。ただ、「そういう反映の仕方だと非常に全体としての方向性が見えないので、基本的には…自由意見の全体像の中から、市民意見の方向をいくつか説明できるように流れを作」り、具体的にはそれぞれの意見をKJ法的に意味内容ごとに分類して傾向を掴んだ上で、施策への取り込みを行ない、その「結果を市民懇に報告して、それで良いということになれば、市民懇から策定委員の方に結果を報告する」という形式となっている。

  ただし、市民懇話会に対しては検討結果だけでなく意見自体も全部見せていたというが、委員であった河崎民子氏の話では、懇話会自体「時間的にあまりゆとりがなかった…から、きちんと逐一全部読んでというふうな所までは手が回ってな」く、基本的には行政庁内でまとめられたものでほぼ承認という形であったという。その意味では、意見の反映は、庁内の部内プロジェクトチームの意向が強く働いていたと言えよう。

  また、意見を出した人に対しては、葉書にしろ電子メールにしろ、行政職員が返事を出していたが、電子メールで意見を出した中村孝夫氏の話では、「ありがとうございましたというメールが来」た程度で、「市ではこういうふうな施策を考えているけども、こういうことについてはどうですか」といった議論を行なおうという態度は見られなかったという。小林氏の話では、今回は「行政側からのボトムアップの調整プロセスもあるし、市民側から流れてくるボトムアップのプロセスもあるから、(市民の意見が)どこで修正されてしまうかはわからない」ので、「せめて意見だけは公表」することにしたという。小林氏によると、意見に対する行政側の対応をまとめた冊子などは、形式上は<意見><求められる内容><対応>といった順序で記されているが、実態としては「代表的な意見について、いちおうそういう説明ができるようにしておいたという程度」にすぎない。そのため、意見の反映結果は「主な修正点」という形で大まかな傾向は明示しているものの、実際には意見を出した本人が確認しないとわからなくなっており、逆に言うと「それは説明しようがないので、そういう意味で何段階も(フィードバックを)やっているわけ」である。

 防災情報ネットワーク問題の反映プロセス

  では、具体的に、中村孝夫氏が提案した「防災情報ネットワーク」の反映プロセスを検討しよう。

  この問題については、95年11月の叩き台(1)の段階では、具体的な記述がなかった。そこで、96年1月と2月の2回、中村氏は次のような意見を提案し、行政も対応を行なった。


---震災等緊急時の情報伝達確保についての意見---

  昨年度の兵庫県南部地震、阪神大震災の情報が、パソコン通信ネット、インターネット等の情報通信を通して全世界に伝達され注目をあびました。いずれ起こるであろう南関東大地震、それに伴う大震災についての防災計画、対策については、担当行政部門で十分計画されていることと思いますが、次の社会基盤として、市内に「安定した通信網」を構築していくことが必要です。阪神大震災を貴重な教訓として、防災、復旧の現実的なシナリオをお願いします。
◯行政の対応 今回のご意見は次の叩き台の作成に活用させていただく予定です。

---震災等緊急時の情報伝達確保についての意見(その2)---

  電話不通の原因は電柱倒壊、火事等による末端経路や電話機の被害によるものだったそうです。このようなことを考えると、避難拠点となる公共施設(学校、公民館、コミセン等)への通信線は、電話交換局から、すぐに下水道管等地下に配線して公共施設まで引き、施設内の通信端末(電話、PC等)には落下防止策をしておくべきでしょう。それぞれの避難所になりうる施設には、避難するであろう地域住民名簿を事前にPCに作成しておき、安否情報・援助物資の供給量などを把握できるようにしておいたらどうでしょうか(情報検索には威力を発揮すると思います)。
  また、情報端末となるPC等は、時々に講習会を開き、地域住民が使い方に慣れるようにしてはどうでしょうか。
◯行政の対応 具体的なご提案ありがとうございます。いただきましたご意見は防災に関する記述の参考にさせていただきます。

  こうして、検討の結果、96年6月の叩き台(2)では、「防災の方針」に「情報基盤の整備」の項目が、以下のように加筆された。


  阪神・淡路大震災では、被災した人々に正確な情報がなかなか伝わらず、救援活動や避難が円滑に進まない状況が見られました。そのような中、インターネットなどの情報伝達手段が、被災にも関わらず機能が失われることなく正確な情報の授受に威力を発揮しました。大和市もこの経験を活かし、情報基盤の整備を進めます。

  なお、完成したマスタープランを見ると「インターネットなど」が「インターネットやコミュニティFMなど」と変更されているが、基本的な内容は同じである。

  これに対して、中村氏本人は「私が見た限りでは、取り上げたというよりは、誰でもこのぐらい書くな、と」思ったそうである。実際、内容を見比べると、原文に比べ当たり触りのない表現に落ち着いている。マスタープランの性格からしてやむを得ない面はあるが、どのように反映したのかはわかりにくいものとなっている。

  こうした点については、インターネット上で行なわれたアンケートでも、「意見に対して行政がどう答えるのかが明らかにされていない」「我々が意見を出して、それが実際に反映されるかどうかが不透明すぎる…とにかく僕らの意見がどれだけ、どのように反映されるか明示してほしい」といった意見が寄せられている。その意味では、反映結果の伝達方法等には課題があったと言える。

5.分析③:意見反映プロセスの採用でどんな影響があったか

 正当性の確保

  まず庁内への影響としては、小林氏の話では、今回はプランの正当性を確保するために、市民参加のみならず、「部門間の調整も相当頻繁に行な」うなど、職員参加も積極的に実施していたため、「今回のプランは職員も存在をちゃんと知ってて、今までには例のないことだ」ったという。他部署の計画などは、できあがってもあまり認知されないらしいが、職員参加により認知度は高まったとのことである。また部門間調整においても、「相手側もいろんなことが言えて、非常に活発にできましたね。それも良かった」と言うように、庁内間の連携を深める効果もあったと思われる。

  また、今回の取り組みについては、市民からの反応もおおむね「非常に好意的だった」という。事実、中村氏も「よくやってくれました、というエールを贈りたい」と述べている。その意味では、プランの正当性は相当程度確保できたであろうし、小林氏も言うように「プロセスを開示するという意味が世間的に評価されるんだという安心感は出ている」ものと思われる。その結果、大和市でも「環境基本条例なんか案の段階で出」るなど、プロセス開示の重要性は認識され始めている。

 生活情報の獲得

  一方、市民より様々な意見をもらうことで「刺激がたくさんあったので、発想が非常に凝り固まった今までのやり方というのはなくなっ」たという面もある。すなわち、普段行政内ではなかなか得られない生活情報を寄せてもらうことにより、プラン自体に多角的視点を加えられるだけでなく、職員自身も柔軟な対応ができるというわけである。「発想をちくちくしてくれると、やっぱりこれやってみよう、あれやってみようと思った」と言うから、庁内だけで決めてしまうよりも、より多様なプランニングが可能になると思われる。

 アカウンタビリティの必要性

  小林氏によれば、今回の都市計画マスタープランは「この種のプランにしては、非常に柔らかくなりました」ということであった。これには、例えば「地域の意見を聴く会」でポスターセッションを行ない、内容を市民に十分説明する等の結果生まれたものであり、その意味ではアカウンタビリティの強化にもつながっていると思われる。

  ただ、河崎氏が言うように「行政ができないこととできることをきちんとわからせなかった」という面もある。特に電子メールや手紙などで意見をもらう場合は「継続した議論はできない」ので、どうしても一方向的になりがちである。その点を考えると、中村氏が提案していたように、単に意見をもらって感謝するだけでなく、「来たものに対しては…何かこう返すというキャッチボールをして欲しい」ものである。そして、こうした中で、意見等に対して行政としての回答を表明することが望まれよう。ただし、今回の取り組みだけでも「大変な労力だった」と言うから、現状では、コスト面から実現は難しいかもしれない。

6.考察

  以上のように、大和市の取り組みは、小林氏自身「市民参加という意味では、もう非常にうまくいったんじゃないですか。今のレベルでは、これぐらいできれば、たぶん拍手喝采ぐらいではないか」と言うように、豊富なチャネルとフィードバックの多さ、徹底した公開などといった点で、非常に評価できる取り組みである。

  しかし、その一方で、意見反映プロセス自体については、部内プロジェクトチームの裁量に委ねられていた感があり、また反映結果についてもわかりにくい面があった。その点では、いくらか課題を残したと言えよう。


[注]

(35) 大和市では、市内の地域区分として、中央林間・つきみ野、南林間・鶴間、大和・相模大塚、桜ヶ丘、高座渋谷の5つを設けている。

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