検索 Google
五輪館
Back|Next
連隊館修士論文>第1章

修士論文 『行政計画策定過程における意見反映プロセスの事例分析』

第1章 研究の背景

1.市民-行政関係の変化

 戦後の市民-行政関係

  戦後、日本国憲法によって地方自治に法的保障が与えられた(1)ため、地方自治体は地域の政府となった(2)。だが実質的には、「3割自治」などと言われるように、これまでは中央省庁の末端行政機関という色彩が強かった。国の事務を自治体首長に委任して行なわせる「機関委任事務」、国が自治体の仕事を承認・認可したり報告や届け出をさせる「関与」、自治体に施設や職員の配置を義務づける「必置規制」、国庫補助金による「補助基準規制」など、自治体の行政活動の多くは、中央省庁の規制や統制を受けて実施されている。そのため、これまでの日本の行政システムは、原則として国が政策形成を担い、その政策決定に基づいて、補助金・許認可等の統制下で、自治体が事務事業の実現を図るという、中央集権的な枠組みであった。

  こうした中では、例えば市民が行政施策に疑問を抱いて自治体に苦情を申し入れても、職員からは「私どもには権限がない」といった返事が返ってくることがあり、市民と自治体の関係は一方的・部分的なものにならざるを得なかった。遠藤文夫は、こうした市民と行政の関係モデルを3つ提示している(図1-1)が、これまでは、主として①のように町内会や自治会など既存の組織を行政の補助機能として利用しながら行政が地域課題に取り組むか、あるいは②のような市民と行政の対立関係の中で、行政が反対型市民運動の突き上げを受けながら課題に取り組むという図式が多く見られ、市民と行政が協働して課題の解決を行なう③はほとんど見られなかった。

図1-1 行政と市民との関係の3モデル

 分権化と政策形成

  この中央集権体制は、護送船団方式により最低保障をすることで、画一的で平等な日本社会の発展に寄与してきたと言える。しかし、その一方で東京一極集中や過密過疎問題を生み出し、中央主導の公共事業が政治腐敗をもたらすなど、肥大化した集権体制の弊害が現われるようになった。また、道路や学校、公的医療や年金など基本的な生活インフラが全国的に相当水準に達した中で、国民の関心は次第に身近な生活環境の改善等に向かっており、地域の事情に詳しい地方自治体が果たすべき役割は大きくなっていた。

  そのため、80年代以降地方分権が政治課題として議題に上り、政府側では第2次臨時行政調査会、3次に渡る臨時行政改革推進審議会、行政改革推進本部地方分権部会、地方制度調査会において検討された。地方自治体側からも全国知事会や全国市長会など6団体から改革提案があり、民間からも経団連や経済同友会、あるいは青年会議所や民間政治臨調など各種団体より提案がなされている。

  こうした一連の改革提案の結果、86年に機関委任事務の一括処理法が成立するなど、中央省庁等からの抵抗を受けながらも(3)、自治体への権限委譲や国の関与・必置規制の整理合理化、補助金改革などが漸進的に実施された。

  他方個別の法令やその運用の改正によっても、国の関与の整理や権限委譲が進められた。例えば福祉の分野では、90年に老人福祉法など福祉8法(4)の改正が実施され、全ての市町村は老人ホームへの入所決定や在宅福祉の責務を負うとともに、市町村及び都道府県において「老人保健福祉計画」(5)の策定が義務づけられた。この計画は93年度中に策定され、自治体の保健福祉サービスの実施や体制整備の指針となっている。また都市計画の分野においても、92年の都市計画法の改正で「市町村の都市計画に関する基本的な方針(都市マスタープラン)」(6)が定められ、市町村において都市計画の基本方針が作成されることになった。環境の分野においても、翌93年に環境基本法が制定され、国に準じて自治体は地域の「環境基本計画」(7)を策定することとなっている。

  そして、こうした地方分権改革を大きく進めるために、95年5月には地方分権法が制定され、それを具体化するために地方分権推進委員会が設置されて、97年10月までに機関委任事務の原則廃止・補助金の整理統合・地方財政の充実など4次に渡る勧告が出された。これを受けて政府は、98年6月を目処に地方分権推進計画を策定し、具体的なプログラム化に取りかかろうとしている(8)

  このように、地方分権の議論は現実味を帯びてきており、いよいよ実行段階を迎えようとしているのである。

  ところで、こうして分権化が進むと、これまで自治体は基本的に国が定めた政策を執行していれば良かったのだが、これからは政策形成段階まで自治体の責任で行なうことが求められるようになる。佐々木信夫は、これを国の下請け的な「事業官庁」から地域の政策形成の主体になれる「政策官庁」に脱皮することだと述べている(9)が、これにより、自治体が政策形成段階から関わるため、その地域特性を活かし多様化・個性化した自立的な政策形成が実現可能となり、しかも縦割行政の弊害を除去した政策の総合化も可能になるものと期待される(図1-2)。

図1-2 政策過程の転換-集権から分権へ

 自治体の政策形成能力の限界

  だが、これまで自治体における独自の政策・制度開発はあまり行なわれてこなかったため、現状の自治体に十分な政策形成ノウハウが蓄積されているとは言い難い。事実、先の「老人保健福祉計画」策定においては、市町村が独自の計画を策定できるだけの福祉行政についての能力や関連情報を持っていなかったこと、都道府県による市町村への指導がかなりの程度計画内容を拘束したこと、住民参加が形式的にしか機能せず、地域の独自性を発揮するまでにはいたらなかったことなどが指摘されている(10)。しかも高齢化・情報化など社会経済の変化が急速に進む中で、自治体を取り囲む環境は大きく変化しており、それに対応した様々な施策の開発が求められている。だが、上記の事実が示すように、それらを自治体だけで対処するのはますます難しくなってきている。

  そのため、地方分権が単なる中央省庁と地方自治体間の権限委譲である「官官内改革」に終わるようであれば、地域の独自性を活かした政策形成は十分にはできないものと思われる。

 議会制民主主義の形骸化

  一方、市民の代表として施策の決定を行なう議会も、民意を代表しているとは言い難い状況となっている。97年に実施された東京都議会議員選挙の投票率は40.8%、市議や市長選挙でも、都市部では30%を割っているところもあるなど、投票率の低下は著しい。特に首長選挙においては、80年代初頭より複数政党の相乗りが目立ち始め(表1-1)、政党間の政策的争点は消え去ったかのようになり、統一地方選挙での投票率も低下している(表1-2)。このため、市民の意向が反映されているという、代表としての正当性が弱くなっている。

  しかも地方議会においては、閉鎖的な運営が行なわれがちである。市民が傍聴しているところで議会運営の方向を審議すれば良いのだが、実際には各派代表者会議というインフォーマルな場において議会内の役職配分から議題や審議日程の調整、質問者の割り振りなどが決められている。また議会では常任・特別委員会が設置され、委員会での審議重視が原則とされているものの、委員会審議のために公聴会や聴聞会が開かれることなど皆無に等しく、市民から陳情や請願が提出されても、それらの提出者から事情を聞くこともまずない。それどころかその代表者に審議日程を連絡する議会すら極めて限られているのが実態なのである(11)

表1-1 複数政党の支持を受けた市区長の数

表1-2 統一地方選挙の投票率の推移(知事選)

 策定主体としての市民の可能性

  他方、通常は行政が専門的知識を持ち、市民は素人であるという考え方が一般的であるが、市民には日常の生活や職業を通じて熟知している分野があり、財務、税務、人事からコンピュータ、土木、建築、都市計画、環境、教育、文化まで、あらゆる分野の専門家が育っている。行政の職員が一般的に2~3年で人事異動となり、担当を変わってしまうことを考えると、分野によっては、行政職員より市民の方が専門性が高いことも十分有り得るのである。

  また市民は、日頃生活している場所、職場として1日の大部分を過ごす所など、自分の生活に係わりのある領域については長い時間に渡って慣れ親しんでおり、その特性や課題等についても十分な情報を有していると思われる。そして、これらの体験に基づく見識によって、統計データ等には現われてこないような具体的実際的な視点を持つことが可能となる。

  その意味では、市民は施策の策定主体となる可能性を持っており、自治体としては、このような市民の特性や意向に基づいて施策を立案し実現していくことが必要になっている。

  こうしたことから、地方自治体は、これからの政策形成プロセスにおいては行政庁内や議会内で秘密裏に行なってしまうのではなく、市民とプロセスを共有しながら施策を策定していく必要があると言える。S.アーンスタインの「市民参加の階梯」(図1-3)に従えば、従来のような一方的・部分的な「形式だけの参加」に止まらず、「パートナーシップ」のように、市民と行政が対等な立場で協力し合い、課題解決のために行動することが求められているのである。

図1-3 市民参加の階梯

2.「プロセス共有」の必要条件

 3つの条件

  こうした市民との「プロセス共有」を円滑に行なうためには、自治体にとっては、少なくとも次の3つの条件が必要であると考えられる。


①行政情報の公開・提供
「情報なくして参加なし」というように、まず市民に対して、行政情報を必要なだけ公開・提供し、施策に関する情報共有を図っておく必要がある。
②市民の参加・参画
提供された行政情報を踏まえて、施策策定プロセスに市民が参加・参画し、意見を述べる機会を様々な形で設ける必要がある。
③意見の反映
市民が参画することで寄せられた意見を「形式だけの参加」としないためには、それらを実際の施策にフィードバックし、適宜反映していかなければならない。

 それぞれの制度と手法

  それぞれの条件に関しては、現状では以下のような対策が取られている。

  まず①は、最近になって情報公開条例や行政手続条例の制定が進んでいることがあげられる。

  情報公開条例は、地方自治体が有する公文書など必要な情報の開示を義務づけるもので、市民に対して公開請求権を認めている。国レベルの法律制定が遅れているにもかかわらず、82年以降条例等の制定は年々増加しており(図1-4)、97年4月には、47全ての都道府県を含め395の自治体が制定を済ませている。この条例は都道府県の公安委員会や多くの議会が対象外であるほか、国の指示が行政の円滑な遂行を妨げるという理由で非開示となるなど問題も多いが、これをもとに市民団体が食糧費支出に関する文書の公開を求めたところ、膨大な額の官官接待やカラ出張等が明らかにされたのは記憶に新しい。

図1-4 情報公開条例(要綱等)制定済の自治体数

  行政手続条例は、自治事務に係わる行政処分や行政指導等の手続きを公正・透明なものにすることを目的としている。93年11月に制定された行政手続法で、自治行政については地方自治体の条例で行政手続を定めるよう求めている(第38条)のに基づき、各自治体で策定作業が進められている。条例では規則や要綱、行政の計画への市民参加手続が規定されていないなどの課題があるが、既に全都道府県及び政令指定都市では条例の制定が完了し、その他の自治体においても、97年7月末には3243の自治体中2559、割合にして79%で措置が終了している(表1-3)。

表1-3 行政手続条例等の制定状況(全市町村)

  これらは、上記のように内容的に不十分な点も多く指摘されているが、行政の透明・公正な情報提供を支える両条例の制度化は着実に進んでいる。

  ②については、地方自治法に定められた直接請求権として、条例の制定改廃請求・事務の監査請求・議会の解散請求・議員や長等の解散請求の4つが認められている(表1-4)。そして財務行政に対する市民参加制度としては、住民監査請求(自治法242条)と住民訴訟(同242条の2)がある。さらに個別法が認める行政決定への市民参加手続としては、例えば、都市計画法で公聴会と意見書の提出が制度化され(16条、17条)、請願(自治法124条、125条など)・陳情(自治法109条)も参加と位置付けることができる。これらはその発動までに満たすべき条件の厳しいものが多く、市民にとって使いやすい制度とは言えない(12)ものの、法的に市民参加の権利として保障されている。

  また制度化されていない事実上の市民参加の形態としては、一般の広聴や世論調査、モニター制度、懇談会への参加、市民との対話集会、条例等に基づく住民投票などがある。これらの多くは施策の策定過程等で実施されており、自治体においてもノウハウが相当程度蓄積されていると思われる。

表1-4 直接請求精度の種類と内容

  それに対して③は、92年の法改正により都市計画マスタープランで「市町村は、基本方針を定めようとするときには、あらかじめ、公聴会の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする」となった他、97年12月より施行された河川法の改正でも、河川整備計画(13)を定めるに際しては「河川管理者は、前項に規定する場合において必要があると認めるときは、公聴会の開催等関係住民の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならないものとすること」と定められたように、いくつかの行政計画で意見の反映が法的に求められている。

  しかしながら、こうした法改正からまもないため、自治体側としては、具体的に市民の意見を施策にどう取り入れたら良いのかわからず、試行錯誤を続けているのが実態である。そしてそのために、逆に市民の側からすると、意見がどのように施策に反映されるのか不明であるので、時間を割いて意見を言っても「梨のつぶて」にされる恐れがあり、これが市民参加を抑制するという悪循環に陥ってしまっている。

  すなわち現状では、「プロセス共有」の中でも「意見反映プロセス」の制度化・具体化が遅れており、その手法の確立が、特に行政計画の領域で求められていると言える。

  そこで以下では、行政計画の策定過程において、意見反映プロセスがどのような機能を担い、現状ではどのように取り組まれ、どこに課題があるのか等を検討していくこととする。


[注]

(1) 旧大日本帝国憲法の中には、地方自治の原則はもとより、地方制度に関する規定は一切なかったのだが、日本国憲法では、たとえ4ヶ条とはいえ、わざわざ「第8章 地方自治」と題して、基本的な条項を設けている。

(2) そのため、地方公共団体のことを「地方政府」と呼ぶ論者もおり、筆者もその立場に理解を有しているが、ここでは基本的に、一般的に通用する用語として「地方自治体」ないし「自治体」を用いる。

(3) 例えば、特定の地方自治体に国の許認可や補助金の弾力的運用や手続きの簡素化などを認めた「地方分権特例制度(パイロット自治体)」の制度化に際しては、法制化や権限委譲が中央省庁の抵抗や都道府県の反発により見送られるなど、大きく後退した。

(4) 他は身体障害者福祉法、精神薄弱者福祉法、児童福祉法、母子及び寡婦福祉法、社会福祉事業法、老人保健法、社会福祉・医療事業団法。

(5) 地域福祉を推進するために、必要な保健・福祉サービスや施設の指針等を定めた計画。この計画の目標値をもとに、国レベルの計画である「高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)」の見直しが行なわれ、94年12月に「新ゴールドプラン」が策定された。

(6) 都市の全体像、地域ごとの市街地像、公共施設の整備方針等を定める計画。このマスタープランでは、その内容や策定の方法については市町村の創意工夫によって定めることとされている。

(7) 環境の保全に関する施策等の総合的・長期的な計画。国レベルの計画は94年に閣議決定されている。

(8) 自治省が97年12月24日にまとめた「地方分権推進大綱」では、地方分権推進委員会の勧告に沿い、地方自治体の首長に国の事務を代行させている機関委任事務を廃止し、国と地方自治体の関係を対等にするために必要な法整備を求めている。政府はこれを指針として受け、地方分権推進計画の作成を行なう。

(9) 佐々木信夫『新しい地方政府』芦書房、1994年、6ページより。

(10) 小笠原浩一編『地域空洞化時代における行政とボランティア』中央法規出版、1996年、107ページより。

(11) 新藤宗幸『NHK人間大学・地方分権を考える』日本放送出版協会、1996年、140~141ページより。

(12) 例えば条例の制定・改廃自体は議会の議決により、事務監査は監査委員によって決まるため、請求は成立しても成功した例はそれほど多くない。

(13) ダム・堤防等の具体的な整備を定める計画。

Page Top
Copyright © gorinkan.org All Rights Reserved.