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学士論文 『ポスト企業社会とボランティア』

第6章 ポスト企業社会の展望

  以上、現代日本を規定していた「企業社会」が制度疲労をきたし、変容を迫られている中で、近年のボランティア活動の高まりに注目し、ボランティアを巡る諸問題を論じてきた。そして、その考察から、ボランティアがもたらす関係性や社会問題への取り組み方が、現代社会の閉塞状況を打ち破るオルターナティブとして、そしてポスト企業社会のパラダイムとして重要な役割を果たすのではないか、との考えに達したのであった。そこで、最後にポスト企業社会がどうなるのか、あるいはどうなるべきなのか、考えてみよう。

1.企業社会を超えて

 戦後50年を迎えて

  顧みれば、戦後の日本というのは、第2次世界大戦で敗れ、食べるものも食べられないという状況から出発したため、ともかく皆で働いて少しでも物質的に豊かになることを目指してきた。そのため、当然の帰結として、お金を稼ぐこと、すなわち「経済成長」が何より求められた。そして、船頭役の「官」の指令の下、「民」である企業が、経済至上主義で社会発展を押し進めていったのであった(1)

  ところで、こうした中にあっては、個人の幸せは企業が大きくなり、経済が豊かになることと同義であった。企業は稼ぐだけ稼いで、それで従業員の給料を少しでも上げ、同時にモノを作り、サービスを提供する。それが企業の存在意義であり、そのため大抵の人は、少々仕事がきつくとも、国家の方針や企業のあり方について疑問を持たず、たとえ持ったとしても見ないようにしてきたのだ(2)

  その結果、日本は戦争の廃虚の中から立ち上がり、勤勉さと創意工夫、果敢な企業家精神によって、世界に例を見ない奇跡的な高度経済成長をなし遂げ、急速な生活水準の向上を果たして、「経済大国」と呼ばれるまでになったのである(3)

  しかし、こうした中で、モノや経済的価値だけが評価される価値一元化社会が育まれ、それが戦後50年を迎えた日本社会において、様々な矛盾を生み出している。例えば、企業は効率主義が一定限度を越えて過労死や環境破壊を生み出しているし、政府も肥大化するにつれて、上意下達や中央集権的な考え方が行き詰まり、意思決定の硬直性や非効率を顕在化させている。そして、この他にも男女平等の問題、いじめや差別の問題、エイズの問題など、豊かな生活をしていく上で様々な問題を抱えているのだ(4)

  しかも、これからは激動の時代である。高齢化は福祉需要の増大と生きがい作りの場の必要性を生み出し、情報化は人々の結びつきを容易にし、交流のニーズを高めるであろう。また、国際化は様々な国際交流機会の増大と在留外国人の問題をもたらし、社会の成熟化は人々の自己実現欲求をさらに高めると思われる。

  こうした状況を勘案すれば、もはや今までのような営利セクター・行政セクター主導の経済至上主義的な「企業社会」のあり方が通用しないことは明らかである。

 震災とオウムが教えたこと

  そんな中、これまでの社会の矛盾を露呈し、その限界を思い知らせたのは、奇しくも戦後50年の年に起きた2つの事件、すなわち阪神大震災とオウム真理教事件であった。

  まず阪神大震災では、我々が50年かけて築き上げてきた物質文明が、一瞬にしてもろくも崩れ去り、たちまちパニック状態に陥った。壊れるはずがないという「安全神話」は、まさに神話だったのだ。そしてこのことは、日本社会のシステムが、普段は気づかないが、実は非常にもろいものだということを示している(5)とともに、頼れるものは行政ではなく、自分自身なのだ、ということをも示唆している。

  また、一連のオウム真理教事件では、現代社会の閉塞状況の中で、自分の居場所を見い出せず、宗教に走っていった若者の姿があった。現代社会がいかに窮屈で、人間を抑圧しているか、それは日常の経済や職場関係、さらには学校教育の現場をみれば明らかである(6)。経済至上主義の歪みが、こんな所にも現れているのである。

2.フィランソロピーの時代に向けて

 非営利セクターの役割

  このように考えると、こうした「市場の失敗」と「政府の失敗」とを克服するためには、多元的で自律的なシステムがぜひとも必要である。この点において、ボランティアやフィランソロピーといった、政府でも企業でもない第3の「非営利セクター」は、社会福祉サービスの配分のみならず、例えばアドボカシー活動(選挙制度だけでは反映されない意見、少数者の意見を、政策制度に反映すること)などで多様な価値観を保障しているし、効率性や経済性には乗らない活動の保護や基本的人権を守る(公共権力によって守られないものを守る)活動等を通じて、民主主義と多元主義の保障・促進に貢献している(7)。そのため、今後のことを考えれば、非営利セクターの役割は重要視されなければならないのだ(図1)。

図1 セクター間の関係

  また、最近になって福祉や環境、文化といったヒューマン・インターフェースを必要とする領域に対する需要が伸びているが、これらのサービスには公的サービスや企業の利潤原理にはそぐわない側面があり、その担い手としても、NPO(非営利組織)などの自発的な市民を基盤とした非営利セクターが必要である(8)

  このように、これからの社会のあり方について考えれば、行政でも企業でもなく、市民が主体となって社会問題の解決を図ることが、ますます重要になってきていると言える。

 競争から共生へ

  時代はまさに転換期である。フロムの言葉を借りれば、欠乏充足欲求を満たすためのHAVE(所有価値)の時代は終焉に向かい、代わって人間らしく生きたいというBE(存在価値)の時代精神に変化した。そして今、既存の価値観がゆらぎ、不確実性に覆われた状態にある中で、次第に人と人との共生の価値に重点を置くWITH(共生価値)の時代精神が形成されつつあると言えるだろう(9)

  こうした中、日本政府も「生活大国」から「構造改革」へと経済政策の改善を図っている。しかし、将来のことを考えると、本当に必要なのは、規制緩和や高コスト構造の是正といった小手先の「改革」というよりも、むしろ企業社会のシステム構造自体を問い直すような根本的な「改革」である。すなわち、経済効率の追及を絶対視するような「競争」原理から、エコロジー・エルゴロジーの精神を重視した「共生」への価値観の転換こそ必要なのだ。そして、そのためには、ボランティアやフィランソロピーをさらに育成していかなければならないのである。


[注]

(1) 堀田力+さわやか福祉財団編、前掲書、164頁参照。

(2) 同書、164-165頁、及び東京ボランティア・センター『ボランティア活動の考え方・推進のあり方について』(1995年)、19頁参照。

(3) 『国民生活白書(平成7年版)』(前掲)、1頁参照。

(4) 東京ボランティア・センター、前掲書、19頁、及び古沢広祐、前掲書、207頁参照。

(5) 金子郁容「阪神・淡路大震災と『ネットワーク組織論』」(『ビジネスレビュー』 Vol.42 No.4)、47頁参照。

(6) 古沢広祐、前掲書、207頁参照。

(7) NIRA、前掲書、101-102頁参照。

(8) 内橋克人、前掲書、42頁参照。

(9) 森井利夫編、前掲書、56頁参照。

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