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五輪館
毒語館乱世を斬る!

[1999.5]

乱世を斬る!

自転車と自動車

1.筋金入り

  私は、かれこれ10年間も自転車通学&通勤を続けている。高校・大学の7年間は多摩の実家から国立・小平へ、大学院の2年間は藤沢のアパートからSFCへ…社会人になってからは、研修の3ヵ月間初台へ自転車通勤した後、いったんは電車通勤に甘んじたものの、次第に自転車通勤の血が騒ぎ出し、半年後には(定期代が現金支給になったことも手伝って)復活して現在に至っている。さすがにこれだけ続けている人はざらにはいないはずで、まさに筋金入りの自転車利用者である。

  これだけ続くのには、もちろん理由がある。

  まず、何と言っても電車等を利用するよりも所要時間が短いことである。これはDoor to Doorでの話だが、これまでのどのパターンも自転車に勝るものはない。実家から国立までは電車では30分以上かかるが、自転車では20分程度だ。小平も1時間弱に対し(ルート的に行きにくい)30分程度である。ちなみに、今の住まいから会社までは電車で1本なので近いが、それでも電車25分に対し自転車20分弱で済むのである。

  おまけに、格好の運動不足解消になる。特に社会人になると意識的に運動しない限り運動不足に陥りがちだが、自転車通勤なら適度な運動になり、しかも通勤時間を効率的に活用しているのだから、一挙両得である。

  ただ、ここで注意しなければならないのは、自転車通学・通勤の場合、道路上を走行するため、下手をすると有害な排気ガスを吸って健康には逆効果かもしれないことだ。事実、私もこれまでの蓄積により、早く死ぬとすれば事故か(車にひかれる)、肺ガンか(排気ガスに蝕まれる)、皮膚ガンか(水泳で陽の光を浴び過ぎている)と覚悟している。

  しかし、その一方で裏道探しも自転車走行の醍醐味であり、1ヵ月も走れば最適なルートを見つけられるものなので、それほど心配するまでもないだろう。

  加えて、自転車なら融通が利くし、風を感じることもできる。後者はイメージしやすいだろうが、前者はどういうことかと言うと、気が向いたら寄り道をするとか、あえて知らない道を行ってみるとか、気分の赴くままに自在に変更可能なことである。この両者により、気分転換が図りやすいのは想像に難くないだろう。これは電車やバスでは非常に難しいことだし、自動車でさえも、一方通行や狭小道路により自転車ほど柔軟ではないのである。

  最後に付け加えると、私のような貧乏人間には自動車を購入したり、それを維持・保守する費用がないのも大きい。おそらく大金持ちであれば自動車の1台ぐらい購入しているかもしれないが、そんなものに費やす金はないし、物欲もないので、自転車で充分なのである。

2.ふさわしいモノ

  このように、私個人は自転車三昧なのだが、世間一般には、自動車に対するステイタスというか、欲求が強く、猫も杓子もちょっとお金が貯まると車をすぐに購入したがるものである。

  たしかに、車は便利な乗り物である。体力の衰えた老人や、動きに不自由のある障害者などにとっては行動範囲を大きく広げてくれる道具であるし、遠出して思いのまま移動したいと思えば、自動車にかなうものはあるまい。まして公共交通機関の発達していない地方では、自動車がなければ生活できないところも多いはずである。

  しかし、都市部にはとてもふさわしい乗り物だとは思えない。年がら年中続く渋滞の中、自転車に追い抜かれるほどのスピードで自動車を走らせても機動的ではないし、特に古くからある街並みには一方通行道路も多いから、自転車なら難なく通過できても、自動車では迂回せざるを得ず、挙げ句の果てには迷子になってしまいかねない。

  バブルがはじけた昨今でも、一昔前流行ったRV車を都会の狭い生活道路で走らせ、すれ違い等に立往生している姿をよく見かけるが、これなどはまさに「不適切な関係」である。レジャーに使いたいならレンタカーで充分であり、普段の生活にはそれ相応の手段があるはず(自転車とか徒歩とか小型車とか)なのに、「大は小を兼ねる」と信じたのか、あるいは世間の流行に流されたのか、ともかく間抜けである。

  しかも、自動車は環境に宜しくない。特にディーゼル車が顕著だが、走行の際排出されるガスは、大気汚染を生むNOxや地球温暖化を促進するCO2を大量に撒き散らしているのである。最近でこそ、プリウスのように環境を多少なりとも意識した車が出てきているが、それでも自転車の低公害度には歯が立たない。まして、NHKスペシャル「世紀を越えて・豊かさの限界」が指摘していたように、これからは環境の世紀と言うべき時代を迎えるのであり、現在のような垂れ流しは許されなくなっているのである。

3.夢物語

  私は、かつて(中学生の時)社会科の作文かなにかで、将来のビジョンとして、今の道路は全て地下化され、そこで自動車の排出物質も除去され、地上には公園等の豊かな生活環境が整っている世界を描いたことがある。今や、行政の財政不足からそれは夢物語と言わざるを得ないが、それでもこのビジョンは間違っていないと信じている。

  正直言って、私には何が楽しくて渋滞で時間を浪費したり、汚い空気を拡大再生産しているのか理解できない。この先、環境税やロードプライシングを導入する一方で、環境対策車に優遇税制を提供する「飴と鞭」を実施しても足りないくらいだろう(それすら実現も困難だろう)から、今後は自転車や徒歩といった身近な移動手段がもっと見直されなければなるまい。

  しかし現実には、自転車は冷遇されていると言わざるを得ない。車優先の規範の中で、狭い道路で自動車に邪魔をされたり、大通りで引かれそうになったりと、危険きわまりない状況である(体験談)。これから高齢化時代の中で、自動車・自転車・歩行者の住み分けを図りながら、もっと自転車の乗りやすい環境整備を進めていくべきであろう。

  おりしも、5月は「自転車月間」である。昨年から設けられた「自転車の日」の5日は「こどもの日」の陰に隠れ目立たないが、5月晴れのこの時期はサイクリングには最高の季節である。幸い、私の家の周囲には、善福寺川沿いのサイクリングロードなどが整備され、緑豊かな風景を見ながら、薫る風を切って心ゆくまで銀輪を転がすことができる。春の桜、こいのぼり、初夏の新緑、秋の紅葉…などを楽しみながら、悠々自適な暮らしを育む道具として、これからも自転車を活用していきたいものである。

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