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五輪館
毒語館乱世を斬る!

[1998.3]

乱世を斬る!

走り続ける者たちへ

※以下の文章は、一橋大学 加藤哲郎ゼミナール文集『US』2号(1998年3月刊)に寄稿したものです(そのため、内輪ネタがあります)。

1.異端児

  地獄の修論執筆も何とか終了し、現在私は(流行のスノーボードではなく)スキーを楽しんだり、長野オリンピックの競技を観戦したり(ノルディック複合団体戦:メダル惜しかった!)と、残りわずかとなった学生生活を謳歌しているところである。と言っても、新生活に向けた準備もしなければならないので、物件探しやら引っ越しやら情報処理2種試験勉強やらをこなす日々を送り、あまり時間に余裕がないのも現実である(靴が一足スラップスケート状態なのは気掛かりだが…)。

  顧みれば、大学院での2年間はあっという間であった。必要単位こそ少ないものの、入学早々行政との共同プロジェクトを開始したため、結局プロジェクトと授業と論文作成に追われる毎日を過ごし、夜中の3時や4時までキャンパスに居残ることはざらであった。また、初めての1人暮らしはいろいろな意味で新鮮で、家事なども良い気分転換になることが多かったように思う(時にはあまりに忙しくて辛かったが)。

  電子ネットワークの世界に手を突っ込んだのも、成果と言えば成果だ。一橋の悪劣な環境(当時)の中では電子メールすら使ったことのなかった私が、この2年で7,000通以上のメールを受信することになったし、昨年1月に(加藤教授に先駆けて)開設したホームページも、ほとんど宣伝などしていないにもかかわらず、継続的にアクセスを獲得し、1年余で1,500以上の方に見てもらうこととなった。その他にも様々なことがあったから、もう半年もあれば余裕を持てたのに、と考えることもたまにあるが、とにかく無事修士課程を修了できたことを祝い、次なる飛躍を果たそうとしているところである。

  そんなこんなで道草をしていると、とある書店で面白そうな本を発見した。その名も『ひ弱な男とフワフワした女の国日本』。これはベストセラーとなったので、既にご存じの方も多いと思うが、何とも挑発的なタイトルである。中を覗くと、

「女性の留学生のなかには、目的を持たない人が多い。日本の大学を出て、三、四年日本の会社で働いたが、どうも満たされない。仕事も退屈になってきたし、結婚相手も見つからない。このまま会社にいて、みんなにまだ結婚しないのかなどといわれたりするのがいやだから、このへんで辞めて、海外へでも留学しようかという理由で来る人がとてもふえているのである」

「日本の女性、とくに若い女性が十人、二十人と集まっているところを見ると、かなり不気味な感じがする。あれではロボットである。みんな同じ眉のかたちで、みんな同じ口紅の描き方をしている。なんの化粧品を使って、なんという雑誌を見てやったか一目でわかるほど、みんな同じ化粧をしている」

「結婚式や謝恩会に若い女性が華やかに着飾ってホテルなどに集まっているとき、互いに挨拶しているのを見ると、どうしても大人の行動とは思えない。こんにちはとか、きれいねといい合うのではなくて、お互いに手を叩き、跳ねあがって、まるで猿みたいにキャーキャー騒ぎたてる。いい大人が、しかもよそいきのドレスや着物を着ている女性たちが、まるで幼稚園の子どものように大騒ぎするというのは異様である」

などなど、私などは畏れ多くて言えないような(!?)過激な発言が随所に見られる。やや欧米中心主義的で保守的な傾向も感じられるが、それでも日本の病んだ社会を一刀両断しているので、読んでいて痛快である。

  ところで、この本の結論を端的に書くと「自分の生活を自分でさだめ、自分の意見をきちんといえる個人を育てていく」ということに集約されようが、その先行(実験)事例とでも言うべきSFC生は、今や多くの企業に嫌われる存在となりつつあるようだ。いわく「自己主張をするので使いにくい」「言う通りに動かず、口答えをする」。

  もちろん、学生の側にも奢りがあるのかもしれないが、それにしても、こうした話を耳にする度に思うのは、どうも日本の社会、特に企業社会は、極度に和を重んじるためか、異端児を受け入れるのが下手というか苦手である。この体質が、世界の中で日本を異端児にしてしまっている、というのは何という皮肉か。ともかく、これでは日本の企業社会に展望を見い出せない。いったい、どうすれば良いのであろうか。

2.忙しいのは嬉しい?

  私の同期ゼミテンは、たいていは勤め始めて2年になろうとしているが、たまに連絡を取ったりすると、どういうわけか「忙しい」を連発しつつも充実感を抱いていたりする。

  例えば九州に左遷された某寂しがり屋の損保営業は、くだらない話をするためにしょっちゅうNTTの資源を浪費しているのだが、彼の場合、嬉しそうに「いや~、忙しいよ」「忙しくて大変だよ」とのたまったかと思うと、こちらのことなど知らぬはずなのに「学生は良いよな~」などと捨てゼリフをはいてみたりする。私の推測では、完全フレックスタイムと服装の自由を除けば、おそらく忙しさはそう違わないはず(それでいて収入は段違いだ!)だから、このような軽はずみで根拠のない言動は心外なのだが、どうも「忙しい」ということが美徳であるかのように錯覚している節がある。

  ビジネスが"busy"を語源にしていることからすれば当然なのかもしれないが、字を見てわかる通り、「忙」という字は「心を亡くす」と書くのである。そこまでしないと勤める会社の一員として認められないのだろうか。それとも、みんながやっていれば怖くないのだろうか。はたまた、本人がボランタリーに取り組んだ結果なのだろうか。

  軽々な判断は避けなければならないが、わざわざ「忙しい」と弁明するぐらいだから、おそらく自分がどうしてもやりたくてやっている、というわけではないのだろう。昨今の倒産「ブーム」の中で、何とか会社にしゃがみついて生きていこうとする人たちが街頭インタビュー等でたびたび登場しているが、彼等は「忙しく」働いていれば、過労死しそうになるなど辛いことはあっても、最後は会社が面倒をみてくれるんだと信じて疑わなかったのかもしれない。

  だが、それは「会社の中での地位安定」という非常に狭い枠の中で走り続けただけで、「自分自身の人生」などといった大きな枠組みからすると、おそらくはたいした発見や刺激もないので、走っても走っても前には進んでいない。言うならば、会社に依存してただ馬車馬のごとく働くのは、スポーツジムなどによくあるランニングマシンのようなものなのだ。

  だから、額に汗して走っても走っても同じような仕事ばかりで、やがてルーティンワーク化して面白みもなくなってしまうのである。芸能人やアーティスト等に比して、サラリーマンの老け込むのが概して早いのは、こうしたことが大きく影響していると言っても過言ではあるまい。

  そして、これは仕事に限ったことではなく、家庭でも同じようなことが起こりうる。昨年の「失楽園ブーム」など、最近非日常的な刺激を求める報道が多く見られるが、これが日常の平凡さの裏返しであることは容易に察しがつくだろう。

  このように、本来は会社と労働者は対等な雇用関係を結んでいるはずなのに、いつの間にか「まず会社ありき」となってしまって、「会社がなければ自分が成り立たない」と倒錯しているのである。

  だが、そんな幻想はいとも簡単に会社が「破棄」するのだということがこの不況で明らかになったし、もはや日本経済に「神風」を期待するのは酷であるから、我々の方もそろそろ働き方を変えるべき時なのではないだろうか。加藤教授がかつて本などで頻繁に使っていた「24時間戦えますか」のCMも、今や「いつも甘えてばかりだけど~♪」と様変わりしたのだから、いい加減「変わらなきゃ」いけないのである。

3.道を外れてみる

  では、どのように変われば良いのだろうか。

  私が考えるところでは、一口に言えば、道を外れてみる、すなわち様々なバリエーションを設け、日常的に刺激を受けるのが手っ取り早いであろう。例えば(ツアーではない)旅をするとか、ボランティア活動を試みるとか、趣味に興じるとか、学問の世界に舞い戻るとか…とにかくただ走り続けるのではなくて、時には歩いたり、立ち止まったり、寄り道をしたりしながら、何か目的を持って(無論途中で変わってもかまわない)、自分の人生を自分のために悔いなく生きるのが望ましい。その方が、ただ同じ道を走り続けるより、刺激も発見もあるだろうから、人生にとっては得るものが多いだろう。

  実際、私の在籍した大学院には(研究室の性格もあって)社会人出身者が多かったが、彼らの多くは今一度勉強する必要性を痛感し、会社を辞めるというリスクを犯してまで院に来たわけだから、目的意識もはっきりしており、自分がするべき研究に対する姿勢も半端ではなかった(全員がそうだったとまでは言わないが)。私自身、これには刺激を受けることが多々あったし、また憧れる面もあるが、とにかくこうした、一見世間的には「受け入れ難い」行動も、目的意識さえ高く持っていれば、むしろ得るものが多い、ということを胆に命じておくべきである。

  ところで、私は1998年春某シンクタンク会社に就職し、いよいよ自ら企業社会の門をくぐることになる(そのため、もしかしたら、今後はこれまでのように「言いたい放題」とはいかなくなるのかもしれない)。先日の会合では、残業月100~200時間は覚悟しておいてくれと言われたが、サービス残業にならないのは救いだとしても、これでは書いていることと矛盾するのではないか、とお叱りを受けるかもしれない。

  しかし私自身は、今回はあくまで「勉強の機会」と捉えており、死ぬまで御社のために、などと申す気は毛頭ない。いわば複数年契約を交したようなものであり、勉強の機会を終えた後どうなるかは、私自身の能力・欲求と会社の対応・条件次第である(もちろんそのまま働き続けることもあるし、転職することもあるし、再びアカデミックな世界に戻っていることもあるし、既に死んでいる可能性もある)。その分岐点がいつになるかはまだ定かではないが、さしあたりは、孔子の教えがヒントになるのだろうか。

  ともかく、2年後、ないし4年後にどのような変化が見られるのか、楽しみにしていただければ幸いである(自分自身も大変楽しみである)。

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