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五輪館
毒語館独白の世界

[2005.11]

独白の世界

下流人間

1.下流度チェック

  どうやら、私は「下流人間」らしい。

  このところ『下流社会』という本が売れている。「二極化」「勝ち組・負け組」と言われるようになって久しいが、本当のところどうなのか気になっていたので、手にとって読んでみた。その冒頭には、以下のような「下流度」チェックがある。


  1. 年収が年齢の10倍未満だ
  2. その日その日を気楽に生きたいと思う
  3. 自分らしく生きるのがよいと思う
  4. 好きなことだけして生きたい
  5. 面倒くさがり、だらしない、出不精
  6. 一人でいるのが好きだ
  7. 地味で目立たない性格だ
  8. ファッションは自分流である
  9. 食べることが面倒くさいと思うことがある
  10. お菓子やファーストフードをよく食べる
  11. 一日中家でテレビやインターネットをして過ごすことがよくある
  12. 未婚である(男性で33歳以上、女性で30歳以上の方)

  なんと、ほとんど全ての項目が当てはまるではないか!「半分以上当てはまるものがあれば、あなたはかなり『下流的』である」そうだから、私はもう、ほぼ確実に下流の人間だ。うすうす気づいていたとはいえ、ここまでとは思っていなかった。

  ここで、そもそも「下流とは何か」説明せねばなるまい。本によると、「『下流』とは、単に所得が低いということではない。コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり総じて人生への意欲が低いのである。その結果として所得が上がらず、未婚のままである確率も高い。そして彼らの中には、だらだら歩き、だらだら生きている者も少なくない。その方が楽だからだ」。

  まずい、恐ろしいほど当たっている…人とのコミュニケーションは極度に苦手だし、そもそも交わろうとしない。出世意欲も皆無で、ニートになって早3年半が経過してしまった。大した能力もなく、あまり危機感もなく、何となく生き延びているのが実態だ。これでは、社会のお荷物になるのも時間の問題だろう(既になっている?)。

  この本は、著者自身認めているように、調査の信憑性に問題があるし、論理の飛躍も随所に見られるが、読み物として見れば結構面白い。これほど自分自身を斬られる本は久々だったので、一気に読み切ってしまった。

2.7つの傷

  それによると、私のような人間は、もう救いようがないかのようだ。グサグサ刺された部分を抜粋してみよう。


  痛い、痛すぎる…こんな「7つの傷」をつけられては、もう立ち直れないかもしれない。

  確かに、 周りの同年代の人たちを見ると、何だかんだ文句を言いつつも、ずっと会社に勤めている人が大半だし、結婚してしまう人も増えている。そうした人々を見るにつけ、以前は「みんな意外に保守的だな」と思っていたが、今となってはその気持ちも理解できる。日本は敗者復活の難しい社会だから、一度レールから外れてしまうと、もう元の階層に戻るのが困難だと、皆わかっていたのだ。その結果、彼らは曲がりなりにも安定した生活を手に入れ、私はどうしようもない状態に陥ったのである。

3.日本の現実

  かつて、私が世界旅行に旅立つと宣言した時も、多くの人の反応は、憧れや羨望ではなく、「とても真似できない」というものであった。好意的に受け止める人はごくわずかで、皆呆れて物も言えない状態だったのだ。

  それでも私は楽観的で、旅を終える頃には、長引く不況もそのうち脱するだろうし、団塊の世代の大量退職で、職ぐらい何とかなるだろうと思っていた。旅の最中ともなると、同じような考えで旅をしている人が多かったし、欧米の旅行者に至っては好意的な人がほとんどで、こんな生き方も普通に認められるのだと、ずいぶんと勇気づけられたものだ。

  しかし、日本に戻ってくると、働かざるものは社会への不適応者とばかりに、フリーターやニートへのバッシングが激しく、自分は非国民であるかのような強迫観念にさらされてしまった(旅行中はあんなに楽しかったのに…)。しかも、想像以上に若者が職にあぶれ、正社員としての採用など、もう無理であるかのようだ。たまにメールで見かける求職情報でも、ほとんどが「年齢30歳まで」といった条件ではじかれ、まして特殊な才能もない。かと言って、起業するほどの能力も資金もない(そもそも性格的に向いていない)のだから、前途真っ暗である。

  個人的には、今の生活レベルを維持するために、何とか年収100万円ほど稼げるようになりたいと思っているが、それすら道筋が見えず、もう手詰まり状態だ。見通しが甘かったと言われればそれまでだが、同世代のホリエモンらが六本木ヒルズを闊歩しているのに対し、こちらは蓼科のボロ家で隠遁生活を送っているとは、まさに対照的である。

4.再起をかけて?

  しかし、誤解されては困るのだが、私はべつに身も心も搾取されるようなサラリーマン生活に戻りたいわけではない。特に旅を終えた今となっては、とても昔のような残業三昧の日々に戻ろうとは思わない。彼らが勝ち組を自称するなら、私は負け組で結構。それよりはむしろ、ほどほどに仕事をし、ほどほどに生活を楽しむという、中庸の精神にのっとって、身の丈にあった生活をしたいものである。

  そんな考えだから職につけないのだ、甘い!と言われるかもしれない。それは甘んじて受け入れざるを得ない(だから「下流人間」だと自認している)が、かと言って1つの生き方しか受容されないようでは、あまりに貧しい社会であると思う。もう日本はかつてのような豊かさを享受できないし、地球環境もそれを許容すまい。世界的に見ると、日本はまだまだ生活レベルの高い国であり、それをいくらか落としたところで、十分に暮らしていくことができるのだ。

  個人的には、来年には間違いなく資金が底をつくので、その前には派遣でもパートでもアルバイトでも、とにかく仕事を見つけて、生活の基盤を作っていきたいと考えている。もっとも、夏まではやらねばならないことがたまっている(ただし金にはならない)ので、具体的な行動はそれ以降になってしまうが。

  ちなみに、同書によると、私はどうやら「ロハス系」に分類されるらしい。もちろん、「高所得」だとか「そつなくこなす業務処理能力がある」といった点は異なるし、「仕事の要領がよい方ではないので残業が多い」という意味では「SPA!系」に近いのかもしれないけれど(長くなるので、一部だけ抜粋しておく)。

  ロハス(LOHAS)とは、「Lifestyle of Health and Sustainability」(健康で持続可能な生活様式)を意味する。いわゆるスローライフ志向である。

  この志向を持つ者は比較的高学歴、高所得だが、出世志向が弱い。マイペースで自分の好きな仕事をしていきたいと考えるタイプだが、嫌な仕事でもそつなくこなす業務処理能力もあるので、フリーターになるタイプとは異なる。ヤングエグゼクティブ系の男に対しては、教養がなくて暑苦しい奴だと内心軽蔑している。

  自分の趣味の時間を増やしたいと考えているが、とはいえ忙しいので、それほど趣味の時間が多く取れるわけではない。よって、雑誌、本などを見て代償する日々が続く。雑誌で言えば『ソトコト』『サライ』を愛読するタイプ。

  会社の仕事だけでなく、社会活動、NPOなどにも関心があり、環境問題についてのセミナーなどにも個人的に参加するようにしている。

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