検索 Google
五輪館
毒語館独白の世界

[1998.5]

独白の世界

私が一人暮らしをする理由

1.湘南から方南へ

  1998年春、私はめでたく大学院を修了し、晴れて(二足遅れて)社会人として働くこととなった。そして、それに伴い、これまで住まいとしていた湘南台を後にし、通勤に便利な都内に引っ越したのだが、これが予想外に大変であった。

  まず住まい候補地としては、東中野の会社に決まった時から、方南町周辺に的を絞っていた。一般的には、中央線沿い(しかも三鷹まで)を選択するのが定石であろうが、中央線は人身事故等で良く止まるし、混雑もひどいようだったので、避けるのが得策に思えた。かと言って、開通したばかりの都営12号線は地上に上がるまでに難渋する(セルフ調査より)ので、これもあまり良い選択肢ではない。

  その一方で、会社には丸ノ内線中野坂上駅からも歩けるので、特にここから方南町まで延びる「支線」を利用すれば、行きも帰りもラッシュに巻き込まれる可能性が著しく低いと思われた。しかも私の個人的な「つながり」として、実家(最寄りは京王線聖蹟桜ヶ丘駅)やなじみの歯医者(多摩センター)等や交遊(多摩地区多、全体極少)の関係上、京王線を利用できるような場所にしたかったのだが、方南町周辺でも(西側ならば)永福町に比較的簡単に出られるので、その点でも好都合であったわけである。

  物件探しには、修論が終わった1月下旬ごろから出かけたものの、当初はあまり良いものは見当たらなかった。こちらとしては、家賃8万円以内の広めのワンルームマンションで静かなところ、と希望したのだが、紹介されたところはどれもイマイチであった。しかも運の悪いことに、その後箱根小旅行で集団インフルエンザにかかり、1週間寝込んでいたので、学校行事も終えて復活した頃には、先の物件はなくなってしまっていたのだ。

  だが、天は私を見捨てていなかったらしく、新たに紹介されたものの中に、先の条件を満たすものがあった。そこでさっそく様子を見に行くと、本当に閑静な住宅地で、おまけに隣に善福寺川が流れていて、風情が良い。あいにくまだ在住のため中を拝見することはできなかったが、代わりに大家さんが自分たちの部屋を見せてくれた(大家さん宅の一部がマンションとして貸し出されている)ので、だいたいの様子は掴めた。その後他にもいくつか周ったが、結局ここだけが特に気に入ったので、翌日休日だったこともあり、同じ轍を踏まないためにも即日申し込みを済ませたのであった。

  これで万事うまくいったと思いきや、事態は意外な展開を見せた。実は在住人は単身赴任者で、一人暮らしが寂しくなり家族を東京に呼ぶことにしたので、2月末には出るとの話だったのに、代わりの住居がなかなか決まらなかったため出て行かず、こちらの予定もたたなくなってしまったのである。既に湘南台のアパートは2月末で引き払うことにしていたので、止む無くいったん多摩の実家に荷物を輸送し、3月に入ってからは不動産屋に催促も試みた。一時は契約無効になるかと心配もしたが、幸い3月半ばに出ていくということで話がまとまったので、その3日後に入居することとし、無事交渉は成立した。

  ともかく、こうしてどうにか新生活もスタートし、現在は3両編成の列車に(大概座りながら)揺られて、片道6分間の「通勤ラッシュ」を味わっている次第である。

2.お金に勝るもの

  ところで、こうした振る舞いに対して、現実主義的な方々は、実家が近くにあるのに(お金が)もったいない、とよく言う。確かに、新宿まで特急で約25分であるから、充分すぎるほどの通勤圏内である。現に、会社の同期を見ても、西は厚木・平塚から東は取手・千葉ニュータウンまで、私の実家より遠い人が何人もいる。また、家賃8万円というのも、社会人1年目の住居にしては高価であり、これだけで年間約100万円の出費となるので、貯金もままならない。その意味では、こうした指摘は至極「ごもっとも」なものであろう。

  しかし、金銭面を除けば、一人暮らしには様々なメリットがある。例えば、「痛勤」時間の減少、自由気ままな生活、自己管理意識の向上などである。

  特に「痛勤」時間の減少は、一人暮らしをする建前上の理由であるし、私自身も是非叶えたい願望であった。だいたい、私は朝はできるだけ寝ていたい性格なので、どうしてもギリギリまで粘ってしまうし、朝と夜の電車は超低速運行となるので、変に時間を気にしたりして、それだけで無駄なエネルギーを使い果たすことになりかねない。

  しかも、ラッシュ時間帯の電車は身動き取れない状態になるので、痴漢には好都合だとしても、私には地獄絵図以外の何物でもない。幸か不幸か、私は高校から9年間自転車通学でやり過ごしてきた(もちろん、これまでの生涯においても予備校の夏期講習や就職活動などでラッシュを経験している)ので、あの生活貧国的光景には断じて巻き込まれたくなかったのである。その点では、片道2~3時間もかけて会社に通う人には、頭が下がるとともに、同情を禁じ得ないのであるが、ともかく私ごときには耐えられるものではないのだ。

  一方、一人暮らしの利点として良く言われるのが、「自由気ままな生活」というやつである。いつ起きようが、何を食べようが、どこにいようが、どのように生活しようが、本人の思う通りにすればよく、誰も干渉しない。あるのは自分の意志だけである。これは大変結構なことだ。私の理想の生き方を労働条件で例えると、完全フレックスタイムによる在宅勤務型裁量労働制であるから、いかにこうした生活スタイルが合っているかわかるであろう。

  しかも、私の母は世話好き過ぎて、悪く言えば「口うるさい」ので(たまに実家に帰るといろいろ言われる)、それから逃れるためにも、この点は非常に重要なのである。なお、これについては、一人だと寂しくないかと思う輩もいるかもしれないが、私の場合はホームシックにかかるどころか、むしろ「水を得た魚」となる性分なので、その意味では一人暮らしに向いているのかもしれない。

  他方、こうした自由の裏返しとして、当然のことながら自己管理をしっかりしなければならない。体調を崩そうが、それを未然に防ごうが、基本的に本人の責任である。ところが私の場合、一人暮らしをすることで、むしろ自分の健康についてより意識を向けるようになったのである。実家暮らしの時は、栄養バランスなどは親に任せっきりで、食事もろくに作ったことはなかったが、独居になって自分で自分を管理しなければいけなくなったので、逆に栄養を気にしたり、食事や家事をしたりするようになったのだ。むろん、これは生活上やむを得ず行なっているという側面があるものの、意識の向上に寄与したのは疑いない。

  これらの利点と金銭面を天秤にかけると、私の場合は明らかに前者の方に軍配が上がるのであるが、いかがだろうか。

3.自立への道

  ともかく、こうして現在一人暮らしをしているのだが、これも「自立への投資」と考えれば、決して高くないのかもしれない。とは言え、現状では財政的に苦しいのは明らかなので、とりあえずリストラ策として、費用対効果の低い携帯電話を解約したりと、倹約には努めている。が、先日初任給をもらったばかりなので、まだまだ余裕があるとは言い難い。幸い、全く期待していなかった住宅補助を受けることができたので、少しは見通しが明るくなったが、少なくとも研修期間中は残業代もつかないので、しばらく貧民に落ち着くことになろう。

  それでも、やはり一人暮らしは良い。特に今の生活には満足している。会社には近く、人ゴミにもまれることもないし、住まいも静かなところで、気晴らしに善福寺川沿いを散歩するのも朝飯前である。

  また、これでようやく財政的にも親離れができる。これ以上迷惑をかけないというのが、私ができるせめてもの親孝行だと思うから、一人暮らしは今後も続けていくつもりだ。母などは、今年中は姉方の幼児の世話に駆り出されているが、来年には解放されるので、その後各地を旅すると宣言していたが、誠に結構なことである。ぜひ有意義に過ごしてもらいたい。

  私自身は、今後は(長らく続くであろう)独居生活をより充実させるために、未熟な料理の腕やアイロンかけの技を磨くなど、やらねばならないことが多い。某CMの「一人じゃないから一人でいられる」というコピーの意味するところは深いが(これを逆手に取ってか無人島脱出を企画するアポなし番組もあるが)、私はまだその域に達していないためか、そういう実感はほとんどない。むしろ「一人だから一人でいられる」という感の方が強い。真の「自立への道」は、まだ先が長そうである。

Page Top
Copyright © gorinkan.org All Rights Reserved.